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金原ひとみ『持たざる者』

金原ひとみ『持たざる者』(集英社)

「蛇にピアス」ぶりの金原ひとみ作品。帯には「『蛇にピアス』から10年。」と書かれていて、「蛇にピアス」を読んだ高校生の時のぞわぞわ感と10年も経ってしまったショックが二重にやってきた。

代表作しか読んでいない自分のミーハー心を戒めつつ金原ひとみ『持たざる者』を読んだ。金原ひとみ『持たざる者』は東日本大震災から四年後、環境や行動を変えて過ごす四人の登場人物の感情の変化が描かれている。どこか遠い世界の人の話のようだけれど、他人事に感じられない心理描写に冷や汗をかく。
自尊心から派生する自己顕示欲と自己実現欲求は豊かな国に暮らすからこそ生まれるものだ。この物語では理想を追い求めて日々奮闘していたが、震災をきっかけに急激に脆くなってしまう日本人の危うさが描かれている。

登場人物はグラフィックデザイナーとして仕事もプライベートも充実した生活を送る修人、シンガポール駐在の夫を支えながら語学の勉強や家事を完璧にこなす千鶴、生まれ持った美貌と勘の良さで自由気ままな生活を送るエリナ、イギリス駐在を経て東京のマイホームで義理の家族との同居生活をする朱里の四人。四人とも経済的に余裕のある、何不自由無い暮らしをしている。震災を契機にその暮らしぶりが変わったわけではないが、彼らは自然災害という抗えないものに対する無力感・虚無感を感じ、精神のバランスが歪んでいく様子が描かれている。

仕事も出来なくなり、香奈には否定され続け、もやもやとした放射能への恐怖を人に語れずにいる内に、僕は次第に自分の前に立ちはだかる無力感がもう自分の力で超える事のできない領域にまで肥大しているのを感じ始めた。赤ん坊はこんな気持ちなんだろうか。今目の前にある紙くずでさえ自分の力で払いのける事が出来ないような、そんな無力感だった。もう、自分には何も出来ないような気がした。何かを決断する事も、何かを動かす事も、何も出来ないような気がした。実際その頃の僕に出来たのは、ネットショッピングと放射能について調べることだけだった。
(51頁 「shu」)

イギリスに来て二年。薄い塩酸に浸かって生きているかのごとく、少しずつ自分の中の何かが溶けていくのを感じている。多分それは、何かを目標に生きる事への気力だ。今の私には、生きていく、生活していくという事しか考えられない。(中略)結局の所、人は虚無にしか生きていない。その事実を認めたくなくて、あんなに忙しく予定を詰め込んでいたのかもしれない。楽しくて楽しくて、走って走っていた頃は良かった。何のために生きているのかなんて考えなかった。立ち止まった瞬間、私は全てを喪失した気になったけれど、実際の所、元々何も手にしてなどいなかったという事なのだろう。突っ走っていられなくなったのは、立ち止まったのは、きっと震災があったからだ。いや、本当はその前から薄々感づいてはいた。でも、日本でぼんやりと生きている間、私はそれを認めずに済んでいた。
(110頁 「eri」)

例えばもしも私が仕事復帰したら、その道は覆るのだろうか。(中略)今年三十五。会社を辞めて五年が経とうとしている。会社を辞め、家庭に入り、旦那の親と同居を始め、イギリスに行き、帰ってきて、私は今、自分が何も持たない、何も生み出さない限りなくゼロに近い存在である事に傷ついている。(中略)多くの専業主婦が辿る道を辿っている内に、いつしか私は彼女よりも格下の、私が母に対して感じていたマイナスな、哀れな存在に成り下がっていた。でもその成り下がった自分を自覚したくないために、子育ての意義、家庭を守る事の意義を過大評価し、不妊症の上司やエリナさんみたいな人を見下す事でプライドを保ってきたのだ。意識的にしてきたわけではない。それは自然な、反射的な生理反応であって、自分で操作出来るものではないのだろう。
(232頁 「朱里」)

登場人物たちの心情描写に共通するのはどうにもできない無力感と虚無感だ。彼らは理想を求めて日々張り詰めていた心の糸が震災を契機にプツンと切れ、生きる気力さえも失ってしまう。
ただし震災は彼らにとってきっかけでしかない。自分自身が何も生み出さない「持たざる者」であったこと、「持たざる者」になってしまったことに焦点があてられている。
精神的に追い詰められた彼らは、今までの自分と今の自分、これからの自分を受け容れるべく、長い独白をする。
無力感・虚無感のほかに劣等感、嫉妬心、恨みなどの強烈なマイナス思考が込められた独白はまさに"毒出し"であり、長い"毒出し"を経て「持たざる者」たちは少しずつ日常を取り戻していく…。

金原ひとみ『持たざる者』は"毒出し"の物語であり、登場人物たちにとっての救いの物語である。また日本人の豊かさと心の脆さ・卑しさが皮肉を込めて描かれていて、日常をぼんやりと過ごすことができる日本の危うさを表しているようにも感じた。

わたし自身、東日本大震災の揺れを東京都内で体感した。当時大学生のわたしは就職活動中で震災後ほとんどの企業の採用試験が一ヶ月延びた。その間、新聞とテレビとインターネットの情報に心を乱し、心を落ち着かせるために本を読み、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。
振り返れば無力感を味わうと言うよりも、無くすほどの"自分"を持っていなかったから、とにかく冷静になろうと努めていたように思う。

今は理想に向かって日々仕事や読書をしているから少しは成長しているのかもしれないけれど、『持たざる者』の危うさを噛み締めて、いま一度わたしの"守るべきもの"を考え直してみようと思った。
わたしのなかで問題提起の一冊だった。

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