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【スイミーの話】第16節 レノファ山口【雑感】

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え…第3節以来のマッチレビューなの…

ちょっと放置しすぎました。仕事が忙しくなって毎試合更新が忙しくなったとは言いましたが、それ以上に吉田長崎の試合は上手く言語化できそうになかったのでブログを書くに書けなかったという事情もあります。

その時と比べると松田長崎の狙いや仕組みは外から見てても分かりやすいので、また時間がある時は更新していきます。まぁ、あくまで"起きてる出来事を羅列しただけ"の内容ですが、極力噛み砕いて表現していこうと思います。

①長崎が復調した理由

一時は降格圏に転落するほど不振を極めた長崎だったが、松田監督が就任してからはまさにV字回復となっている。状況が好転した理由を端的に述べるとしたら、守備が安定して失点が激減したためである。

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グラフを見れば一目瞭然、被シュートに関する項目は全て劇的に改善している。特筆するべきなのはペナルティエリア内でシュートを打たれる回数で、1試合平均7.7→1.5本に激減している点だろう。これは松田監督の守備戦術が機能した結果で、とにかく相手ボールを外、外に追い出す守備が効果を発揮しているためと言って問題ないだろう(松田監督の代名詞であるゾーンディフェンスという戦術については話せば長くなるので詳細は割愛)

吉田長崎考察の回でも述べたように、リーグ戦で優勝や昇格を勝ち取るには守備の安定(=失点の少なさ)が絶対条件になる。これは失点さえしなければ最低でも勝点1を確保できるという意味でも重要だし、それ以上に攻守の局面が表裏一体のサッカーという競技において良い守備は良い攻撃に直結するという意味でより重要になる。近年のJ2で振り返れば総失点65(1試合平均1.5失点)で昇格した名古屋だけは例外だが、それ以外に昇格したチームは総じて1試合平均失点が1.0程度というデータも残っている。

長崎が復調した理由、それは論理的な守備戦術を極めてスピーディに選手に落とし込むための方法論を松田監督が有しており、落とし込まれた守備戦術を即実行できる質の高い選手が揃っていたためであり、結果として守備が安定して失点が激減したためと言い切って問題ないだろう。

②スタメン

①スタメン

長崎は前節からスタメンの顔ぶれは変わらず。ベンチからは徳重、フレイレ、富樫が外れて高木和、二見、イバルボが入った。基本的には監督交代から上手くいっている流れを変えない人選となった。

一方山口は新保が加入後初スタメンとなり左ウィングバックに入った。今期から山口を指揮する渡邉晋監督は仙台でいわゆるポジショナルプレー(選手の立ち位置で優位性を確保する戦術)を言語化して落とし込んだ指導者として知られており、天皇杯準優勝などの実績を残した監督である。山口でもリーグ4位のボール保持率を誇り、ボールを握って主体的に相手守備を崩していく狙いを持っているがここまで11得点13失点と失点が先行している。就任時の会見でも今年は来期以降の上位進出を狙うための準備期間と表現しており、渡邊山口の真価を見られるのはもう少し後になるかもしれない。

③山口のハイプレスと長崎の狙い

シーズン開幕直後は4-4-2の布陣を敷いていた山口だが、最近はCBを1人増やして3バックにしている。おそらく5-3-2を基本フォーメーションとすることで前からプレスを掛けやすい+最後尾にもある程度人数を残しておきたいという意図のように見えた。5-3-2は昨今のJ2で地味に増えつつある布陣だが、泣き所になるのは3センターの脇に空いてしまう広大なスペースだ。この泣き所をどのようにケアするのか、というのはチームによって少し特色が出るようだ。

③山口の守備

最後尾でビルドアップを開始する長崎相手に2トップ(高井・小松)がプレッシャーを掛けるところから山口の守備は始まる。最前線の2人が二度追いしながらボールをサイドに誘導し、2列目の3センター(池上・神垣・田中)がボール方向にスライドしてパスコースを消しつつボールを奪いきってショートカウンターに繋げる、というのが山口守備の狙いだったようだ。泣き所の3センター脇については逆サイドのウィングバックがカバーする決まりになっていて、例えば長崎のボールを米田に誘導した場合は逆サイドの新保が比較的高い位置を取っていた。

立ち上がりから前半の飲水タイムくらいまでは山口の出足も鋭く、江川・新里がストレスを感じているような場面もあった。それでも手倉森→吉田時代に培ったボール保持はしっかり遺産として残っていて、変にボールを失うことはなかった。

センターバック2人のストレスを軽減してくれたのはGK富澤の存在かもしれない。足元でボールを扱い、パスを出す技術が長けている富澤が最後尾に構えていることで、山口2トップのプレスを受けても最悪富澤まで戻しても問題ないという安心感があった。富澤はセーフティにクリアすることもあったが、出来るだけ味方の足元にボールが収まるようパスを出していた。

②長崎攻撃の狙い

長崎の攻撃は単純明快でGK、CB、SBの5人で相手のプレスを交わしつつ、SBを起点にサイドから攻めていく、もしくはロングボールで相手ディフェンスラインの裏を突くという形が基本になる。この形は北九州戦から継続しており、精度は試合を重ねるごとにブラッシュアップされている。手倉森→吉田時代は選手の立ち位置を変えてボランチを起点に相手の守備ブロックの中をコンビネーションで崩していくようにデザインされていたが、松田長崎は「サイドから縦に素早く」というのが一番の狙いになっている。ボール保持時の主戦場が中央からサイドに移ったことで前体制と比べるとボランチのボールタッチが減り、サイドバックのボールタッチが増えている傾向にある。

相手のプレスを回避するためにボランチが関与しなくなった代わりに、ゴールを仕留める場面にボランチが顔を出すようになったのも松田長崎の特徴だろう。特に相手を押し込んだ場面ではダブルボランチの一角が必ずペナルティエリア付近、なんならエリア内で待ち構えてクロスに合わせる人数を増やすという役割を担っている。千葉戦と山口戦で加藤大が決めたゴールはその成功例で、クロスボールに対してボランチがあそこまで高い位置を取っているというのが約束事として落とし込まれているのだろう。

--得点について。
監督が代わってボランチの役割というのがビルドアップで多くないので、重心を前めにおいて僕だけじゃなくてカイオ(セザール)もそうですけど、クロスやコンビネーションに関わっていく。今日の得点シーンは練習で監督がおっしゃっている形なのでインスイングで相手の前を突いての折り返しだったので、もっと得点を増やせるようにチームとしてやっていきたい。
(加藤大)

後半早々に狙い通りの形で加藤大が先制点を挙げ、前がかりに行かざるを得なくなった山口の裏を毎熊のロングパス一本で取って都倉が加入後初ゴールを決めてリードを広げた。試合終盤にも似たような形から玉田が今季初ゴールを決めて試合は完勝という締めくくりになったが3点も取れたのは結果論で、最も重要だったのは先制点をとれたこと、そして山口の得点を許さなかったことだ。

守備と攻撃を比べたときに、守備のほうが間違いなくやっただけ良くなるのはあるのかなと思います。攻撃は野球の世界でも水物と言われるし、3-0、5-0は狙ってできるものでもないし、ホームランは狙って打てるものでもない。そういう意味では3点取れたのは、試合の流れとか先制点を取れたことで結果的にそうなったということ。守備が安定して先制できる試合を作れるようになっていけば、こういうふうになっていく確率は上がっていくのかなと思います。
(松田浩監督)

④松田長崎のゾーンディフェンスとスイミー

④山口の攻撃

前述した通り、松田長崎はとにかくシュートを打たれない。シュートを打たれたとしてもペナルティエリア外から打たせる形が圧倒的に多い。これは松田監督が仕込んでいるゾーンディフェンスが浸透している結果であり、山口も結局シュート4本に終わり、エリア内で一度決定機を作りかけたが加藤大のブロックでシュートは大きく外れてしまった。

前線の激しいプレスからショートカウンターを狙う形は山口にとっては二の矢で、あくまで一の矢は最後尾から始まるボール保持で相手の間や背後を取る立ち位置からチャンスを作るポジショナルな攻撃だった。山口のビルドアップは3人のセンターバック(石川・渡部・ヘナン)+1人のアンカー(神垣)が担っており、神垣がボールを受けてターンするか、大外で張っているウィングバックが持ち上がることで相手を押し込んでいく仕組みだ。

本来であれば相手守備者の間に立っているインサイドハーフの池上・田中と2トップの小松・高井が狭いスペースでボールを受けることで中→外→中というリズムを作りたいところだが、今節ではボールに触る事すら難しかった。データによれば小松は16回、高井は12回のボールタッチしか記録していない。

長崎はとにかく4-4-2の凸型守備陣形を崩さず、10人が等間隔を保ちながら待ち構える。ブロックの中にボールを入れられた時には必ず数的優位で守ることで小松や高井のボールタッチを許さなかった。結果的に山口のボール回しはサイドに押し出される形になり、長崎のペナルティエリアに近寄る事も難しくさせた。

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松田監督は理想的な守備の連動性について著書で「イワシの群れのように」と表現している。この話を見かけると個人的にはいつもスイミーのイメージが脳裏に浮かぶ。ゾーンディフェンスを完全に理解して試合を観戦することは難しいが、長崎のフィールドプレーヤー10人がスイミーよろしく一つの大きな生き物のように連動して動き、相手の攻撃がサイドに押し出されている時、長崎のゾーンディフェンスは機能していると見て良いだろう。

逆にブロックの中にボールを通されて長崎の守備者が一対一を強いられる局面が増えてくるときはゾーンディフェンスの機能性が失われていると見ることができる。山口戦でいえば後半70~80分頃の時間帯はボランチとディフェンスラインの間でボールを触られる回数が増えた。ゾーンディフェンスを90分完璧に遂行することは難しく、大抵は前線やサイドの運動量が落ちて陣形が崩れる時にピンチが訪れる。口先もヒレも含めて全ての魚が正しい位置を取ることで大きな一つの生き物たるスイミーになれるが、ひとたび陣形が崩れると一匹のか弱い捕食者に逆戻りしてしまう。ゾーンディフェンスを機能させるために必要なのは自分が立つべき正しい位置を理解する事、ハードワークして正しい位置に立つこと、そして責任をもって任務を完遂する献身性…これらを総評して松田監督は選手たちにディシプリン(規律)を求めている。

⑤おわりに

長崎は個の力が強い…これは正しいだろう。エジガルと都倉に代わって玉田とイバルボが出ている時点でJ2としては破格の戦力を有していると言って差し支えないし、人件費だけで見れば今年は長崎がトップになるはずだ。それでも簡単には勝てないのがサッカーという競技の奥深さなのかもしれない。

松田監督に交代して4試合負けなし。元来チームが持っていた食材の良さと、それを調理するシェフの腕はぴったりマッチしている。出てくる料理はスパイスカレーから肉じゃがくらい様変わりしたが、素材が良いから肉じゃがにしても当然美味しいということだろう。

次節は相模原、高木監督が就任した初戦が長崎というのは運命じみたものを感じる。アウェーであれ相手がどこであれ監督が誰であれ、長崎は序盤のつまづきを挽回するために勝ち続けなければいけない。

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