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「キャリア」について考えていたら「人が好き」という真理に辿り着いた話

先日、26歳の誕生日を迎えた。誕生日は平日だったこともあり、仕事に忙殺され帰宅したのは22時を過ぎていた。
ポストには不在票が入っていた。誕生日だから、と勢いで読みたかった本を10冊以上買ったものが宅配ボックスに届いている知らせだった。
PCの入った重いカバンと、たくさんの本を抱え自室にいる私は、笑顔だった。


最近気づいたことがある。それは「人が好き」だということ。なんだかすごく簡単なようだけど、実は人なんて十人十色という言葉があるように違う。私も、読んでくださっている貴方も、もちろん全く違う人である。
そんな「人」という存在を好きになれたことで、自分のこと、未来がパッと明るくなったような気がしたのだ。
誕生日の話に戻るがその日は散々で、お客様先でうまくいかないことが多数発生した。会社から1時間半かかる訪問先で途方に暮れながら何度も頭をフル回転させてみるが、機械の前で私は無力だった。
結局解決しないままお客様に説明をすることになったのだが、先方も優しい方でありがたいと思った。
数年前の私なら、解決しないことに苛立ち、よくない顔を公共の場でしていたと思う。でも私はうまくいかない現状にも負けなかった。
「常に笑顔でいる」という数ヶ月前に掲げたモットーで私は自信をつけ、現在までに「人が好き」であるという人生最大の「好き」を手にしたのだった。


「人」に夢を持っていた幼少期


小さい頃は1人遊びが好きな子供だった。故に妄想癖があり、私は頭の中でアイドルにもなっていたし、大好きだった香取慎吾とも結婚していたし、スマスマにも出ていた。一人っ子だったのと、集団活動をし始めたのが幼稚園の年中からだったのも影響していると思うが、私は自分の世界を邪魔されることなく4歳まで育った。
年中からと遅く入った私を周りの同級生は温かく世話してくれたのを覚えている。給食の牛乳がどうしても飲めなかった時には世話好きの同級生が「今日は瓶のこの線まで飲んだらいいよ!」と声かけてくれてなんとか克服できた思い出がある。
その時、人の温かさを幼いながら感じることができた。一気に人を好きになった私は、年長になった時には年少クラスでお姉さんをする世話好きになっていた。


「裏切り」の疑心暗鬼


小学校に入って数ヶ月後、私はいじめられた。いや、いじめというか仲間はずれというか。校庭にあった大きなジャングルジムのてっぺんに登るのが怖くてジャングル鬼ごっこができなかったのが原因だったような…。あまり記憶にないのだが、「もういい」と校庭で3人の女の子の背中を呆然とみていた映像だけはなぜかまだ鮮明に残っている。
その後、そのいじめは3年生になって再開され、最終的に靴に校庭の砂利をたくさん入れられた事件を機に母親が学校に言ってくれた。(砂利は靴を履く前に落としたのだけど、もちろん砂埃は落ちておらず真っ白の靴下と靴の中が茶色くなったことで見つかったのだった。)
しかし、当時の担任の先生は私のことが嫌いだったと思う。母親も懇談で酷いことを言われて怒っていた。(理由は思い出せない。)
結局加害者と被害者の私を握手させ、いじめはなくなったのだが今でもその握手には疑問だった。

中学生になると女子ならではのグループができる。私は何故か定期的に仲間はずれを受けていた。理由は今でもわからない。その当時、家庭も崩壊していたので私は完全に孤立し、支えは嵐だった。(当時嵐は絶頂期で、国立競技場ライブをバンバンやる国民的アイドルに駆け上がる最中だった)

こういう経験をすると、「人のことを信じる」という行為が難しくなってくる。友達もいずれは裏切るだろうと思っていたし、中学生時代以降も仲間はずれ1番手は大体私だった。
決して被害者ヅラしたいわけではない。人を好きだと思っていた私が疑心暗鬼になる過程でこの出来事が外せなかっただけである。


「人が好き」と言語化できるまで


そんな私がなぜ「人が好き」という原点に戻り、確信できたのかというと日々の中に随所に散りばめられている行動全てに詰まっている。
社会人になって、さまざまな経験をした。結構いろんなことを書いたけど、社会人になってもいろんな人の信用を失う経験をした。
ただ社会人になって違うのはさまざまな考え方を随所にキャッチし、そのさまざまな考えや価値観で世界が成り立っていると気付けたことが大きい。
それも含めて自分の強みや好きを内省していくとどんどんブラッシュアップされ、私の真理は「人が好き」だったのだ。

好きな本を読む。さまざまな人の考え方や価値観をインプットしていく。
コミュニティに属する。価値観の違いを肯定しあえる仲間がいる。
コーチングを学ぶ。人の心の奥に耳を傾けるノウハウを学ぶ。
ポジティブ心理学を学ぶ。学びはアウトプットし続けた。

仕事以外でもたくさんの学びを受けることができることに感謝でしかない。そして、ここ数年学びの場で出会えた人たちには恵まれ過ぎている。「人が好き」という解像度に上げることができたのは間違いなく支えてくださる方のおかげだ。


今年に入り、転職を本格的に考える上で「キャリア」は外せない。
巡り合わせのように社内で「キャリア」を考えるプロジェクトが発足された。退職することを決めていたけど、最後に気持ちよく終われる場所として手を挙げることを決めた。
私の完全主観だが、私の職種はキャリアに関する解像度が非常に低い。これは私の義憤であった。私が全力で駆け抜けた経験は一体どんなことに活かせるのか全くわからなかった。
私の会社は日本全国に同じ職種の方々がいるのでミーティングではさまざまな意見が出た。みんな思っていることは同じだ。
キャリアパスの成果物が上がってきて意見を求められたときにはすかさずレスポンスした。私の屈託のない意見をもっと聞きたいと思っていただけたのか後日成果物を作ってくださる業務では全く接点のない方を1on1をすることになった。
私はワクワクした。でも何もない状態で行くわけにはいけないと思い、キャリアの本を読み漁った。
そのときにたくさん湧き上がってくるものがあり、実際の1on1で今までも含めた思いの丈をぶつけた。

「たくさんアイデアいただけました!」「しっかり考えられていますね!」
そんなフィードバックに小さくガッツポーズした。

キャリアの本、組織の本を読んでいくと春に勉強したポジティブ心理学がつながっていることがわかった。私が辿っていた点は線になっていた。
スタンフォード大学の卒業式でのスティーブ・ジョブズのスピーチが浮かんだ。

Again, you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backward. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life.
繰り返しになりますが、前もって点を結ぶことはできず、後から振り返って点を結ぶことしかできません。だから、あなたの未来では、点と点が何らかの形でつながることを信じなければなりません。あなたは何かを信頼しなければなりません – あなたの直感、運命、人生、カルマ、何でも。このアプローチは私を失望させたことがなく、私の人生に大きな違いをもたらしてくれました。

スティーブ ・ジョブズ・スタンフォード大・卒業式スピーチ・2005年

点と点が線になる瞬間は、何度味わってもワクワクする。
あ、私「ワクワクすること」大好きじゃん。
「キャリア」について考えている私は自分のためと思っていたけど、いつの間にか「人のこと」を考えていた。
もっと今の職種のKPIを設定したい、もっと社内キャリアチェンジがしたい、もっと自信を持てる肩書きがあるといい、自己内省をしたい……。
想いは無限大だった、果てしなく続く宇宙だった。
そんなことを考えていると頭は因数分解をしていく。この考えていることって退職するつもりの私には正直関係なくなるのに、なんでこんな真剣に考えているのだろうとも思った。でも、私の周りにいるすごい人たちの未来が明るくなる手段が私の小さな声で実現するならやりたいと心の底から思った。

そんなことを考えていると、その原理は「人が好き」という確信だった。


「人が好き」のこれから


確信を持った私が今やりたいことはまた増えた。
「キャリアを一緒に考える人」になりたいと思った。キャリアは仕事だけじゃなくてもいい。ただあなたの一度の人生を、大切な1日を後悔しないものにするためのお手伝いがしたいと思う。
組織だったら人事とかHRとかだろう。経験がない中で転職でその職はきっと難しいだろうけど、これは自分の活動の1つにしていけば大丈夫。
「SHElikes」で学んだブランディングもきっと役に立つ。ブランディングにときめいた私も、きっとこの原理に納得するだろう。

まだサービスを始めることができるわけではないけど、少しずつ温めていきた。こんな駄文だけど、ログとしては大切にしたいと思いnoteにした。

これからこの想いが、私の両思いになりたい相手に届きますように。
大丈夫、1人ではないよ。

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