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殺人チューハイと私

 とある港町の市場の近くに、私が愛してやまない酒場があった。営業時間は午前10時から午後8時まで。メニューは限定的で飲み物は酎ハイ、ハイボール、ビール(大瓶)、日本酒(プリント瓶)くらい。肴はゆで卵、シナチク、湯豆腐、煮込み・・・。一番高いマグロ刺しでも400円程度だっただろうか。

 最初に頼むのは酎ハイである。確か350円くらいだったと記憶している。ここのチューハイは焼酎と炭酸水が別に出てくるスタイル。焼酎の入っているジョッキは氷も入っているが、その8割くらい、焼酎が注がれた状態で出てくる。同時に出てくるのがランダムにチョイスされたおでんのタネ2つのお通し。もちろんタダだ。

 炭酸水を少しだけ入れたらジョッキいっぱいになる。口に流し込む。熱いものが食道を通るのが分かる。「来た!」これだ。いつも思う。殺す気か、と思う濃さだ。少し飲み、残りの炭酸水を入れて、ちびちび飲む。一杯飲み終わるとマスターが「もう一杯?」と聞いてくる。軽く頷くと、2杯目を作ってくれる。

 2杯飲み終わるともう十分出来上がっている。1時間程度、昭和の雰囲気、と言うのは陳腐であるが、独特の場末感のある店内で過ごし店を出る。「はい980円!」。安すぎる。

 一番の楽しみは仕事を休んで昼からこの店で飲むことだった。店内のラジオから流れる、平日正午のNHKニュースを聞く。この背徳感がたまらない。

 一度、ひどく酔っ払って、訳のわからないラップ調でこれまでの人生を独り言で唱えている変なオジサンを店でみたことがある。その時はマスターも流石に「静かにしたほうがいい!」と注意していた。帰り際にそのオジサンに請求された金額を聞いて驚愕した。3000円を超えていたのだ。この店で3000円を超える額を使うのは至難の業である。なぜならその前に酔い潰れてしまうからである。

 そんな愛してやまない店も、事情があり、行かなくなった。そしてある時、閉店したとの情報を得た。向かってみると一軒家だったその店はすでに更地になっていた。マスターに何かあったと言う情報もネット上で見たが、確かなことはわからない。

 今でも大衆酒場は嫌いではないが、あの店を超える店はないし、あの店の良さが頭をよぎり、本当の意味で好きになれない。本物を見てしまったが故に、他が偽物に見えてしまうことがある。「うち、いい雰囲気でしょ?イケてるでしょ?」。自然体に振る舞いながら、店側のそんな声なき声が聞こえてくる時があるためだ。それにお店側が変に上から目線で、客なのに気を使う時もある。あの店はそういうところがなく自然体でいてくれたし、私も自然体になれた。コロナが明けたら、あの店を超える店を見つけたい。見つけられなかったら、一生、サイゼリヤで良い。

***

 以前、休肝日を週2日とっていることを書いた。そのことに少し関連するが、私は健康診断や人間ドックの事前の質問票について少し文句がある。お酒を飲む頻度の質問について以下のような選択肢になっていないだろうか。

①毎日飲む ②時々飲む ③ほとんど飲まない

 私のように週2日飲まない人はどれを選んだら良いのだろうか。週2日飲まないと言うのは、裏返せば週5日飲むと言うことである。これを「時々飲む」と解釈するのはやや苦しい。とはいえ、「毎日飲む」わけではない。いや、あまり飲まない人にとっては毎日飲むのと同じようなものだろうが、頑張って休肝日をとっている努力を認めてほしい。それとも、週2日くらいの休肝日では意味がない、ということであろうか。

 一度、人間ドックのフィードバックの際、先生に文句を言ったが、軽くいなされた。


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