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オーストリア・バッハウ渓谷、おとぎの世界とワインの街 デュルンシュタイン

ヨーロッパで2番目の長さを誇るドナウ川。ドイツから黒海まで、10ヵ国もの大地を流れながら、多様な景観を生み出している。そんな中、一番美しい見晴らしを楽しむことができ、さらに一番グルメなエリアと言われているところがある。オーストリアのバッハウ渓谷だ。

バッハウ渓谷には多くの観光客が訪れ、ドナウ川クルーズを楽しんでいる。クルーズは、ウィーンから車で1時間ほどの町クレムスKremsを出発し、デュルンシュタインDürnstein、シュピーツSpitzを通ってメルクMelkに到着する。メルクから出発することもできる。渓谷沿いのそれぞれの街に古城や修道院などがあり、それぞれの魅力がある。今回はまず、デュルンシュタインの街について紹介したい。

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デュルンシュタインの街は一言でいうと、誰もが惹きつけられてしまう、オーストリアの小さな田舎町。まず目にとまるのは、白壁に薄いブルーの縁取りで優雅に聳える、修道院教会。雄大なドナウ川を前に立つその姿は、どこかおとぎの世界の様な雰囲気があり、是非とも写真に収めたい。

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街のメイン通りには石畳が敷かれており、車は通れない。通りに並ぶお店もまた楽しい。名産品を扱うお土産物屋さん、有名な老舗パン屋さん、ワインのお店など一つ一つ足を止めて入りたくなってしまう可愛さがある。

ブルーの教会の後ろには、山の頂に城跡が見える。今は廃墟となっているが、そこまで登ると街とドナウ川が見事に見渡せる。私がこのデュルンシュタインの街が好きな理由の一つに、この城跡にまつわるストーリーがある。

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この城は1140年ごろ、クエンリンガー家によって建てられた。そして、このお城を有名にしたのは、その後の話である。時は1192年の中世ヨーロッパ。この頃、キリスト教の聖地エルサレムは、イスラム教の力も及んでいた。そこで、ヨーロッパ各地のキリスト教徒は、聖地エルサレムを奪回するためにローマ教皇の呼びかけのもと集まった。それが十字軍だ。第3回十字軍に、イギリスプランタジネット朝の王リチャード1世も参加した。この王様は、ライオンの心臓を持っているほどに勇敢だということから、リチャード獅子心王と呼ばれていた。さて、このリチャードは十字軍で手柄を挙げ、帰国の途に着くが、帰りの船が遭難し、オーストリアの捕虜となってしまった。リチャードは十字軍遠征時に、オーストリア公レオポルト5世とともに戦って手柄をあげたのだが、その時レオポルト5世を怒らせることをしていた。敵地のアッコンに一番乗りしたレオポルト5世は、自分の手柄とばかりに自らの軍旗を立てたが、それに異議を唱えたリチャードが旗を引きづり下ろしてしまったのだ。それ以来レオポルド5世は、リチャードのことを恨みがましく思っていたのだろう。

リチャードはそれから、デュルンシュタインのお城に幽閉されてしまう。歴史の話では、その後イギリスが多額の身代金を支払い、リチャードが解放されたということで終わっている。しかし、オーストリアではそのことにまつわる言い伝えが残されているのだ。

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イギリス側は、リチャード王が捕えられたと知ったものの、一体どこにいるのかは分からなかった。もう王は戻らないのでは、と思う人たちもいた。しかし、そんな中、リチャード王の居場所を探すため、吟遊詩人のブロンデルが、ドイツやオーストリアの山々をリチャード王が好きだった詩を歌いながら歩き回ったのだ。するとある日、オーストリアの山中で奇跡は起きた。ブロンデルが一節を歌うと、なんと、2節目が帰ってきたのだ。
「王様、リチャード王様、そこにいらっしゃるのですか」
「おお、お前はブロンデルか。そうだ、私だ、リチャードだ」
 こうしてリチャードは無事に発見され、イギリスに戻ることができたのだ。

デュルンシュタインには、「リチャード獅子心王」という名のホテルと、「吟遊詩人ブロンデル」という名のホテルがある。なんとも心温まる話ではないか。イギリス側のリチャード獅子心王に関わる話を読んでも、これまでブロンデルの逸話が語られているものを見つけたことがない。元々は捕虜として捉えた他国の者の話を、ちゃっかり美しいストーリーとして大切に残している。そんなおとぎの世界観溢れるオーストリアが、私は好きだ。

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リチャード王は幽閉中も辛い生活は送っていなかったとも言われている。なぜなら、この地の名産品であるワインを、毎日楽しんでいたとの説があるのだ。


私がウィーンに住んでいた当時、何度もバッハウ渓谷の街に足を運んだ。それは、ドナウ川の景観を眺めるためはもちろんだが、このエリアで作られるワインを味わうため、そしてその美味しいワインを生み出すブドウ畑の中を歩くハイキングを楽しむためだった。

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オーストリアにはワインを生産する地域が大きく分けると4つあり、その中でさらに16の栽培地域に分けられる。バッハウ渓谷は、その16の地域の1つに含まれる。ドナウ川を囲む山々には、ブドウ畑が広がっている。その畑の間を縫って作られたハイキングコースは、バッハウ渓谷エリアにいくつも作られている。サイクリングコースもある。ハイキングやサイクリングは、オーストリア人が好きなアウトドアライフの一つなのだ。例えば、クレムスからデュルンシュタインまで、約12キロのコースを、4時間近くかけて歩く。はじめは気持ちよく歩いていても、だんだん疲れが出て、ゴールまで辿り着けるか不安も出てくる。しかし、汗を流して歩いた後の達成感は素晴らしい。ゴールした場所がワインの名産地ともなれば、テラス席で冷えた白ワインを飲んだ瞬間に、辛かった道のりのことなんか忘れてしまう。あれ、これってただのワイン好きだから? いや、きっと誰もが味わえる至福の達成感ということにしておこう。

そして、ワインの生産地に来たからには、ワイン農家も訪れたい。それぞれの街に、いくつものワイン農家がある。家族経営の小さな農家さんから、オーストリアのワインショップに必ず名を連ねる有名な農家さんまで様々だ。

デュルンシュタインで有名なところは、ドメーネバッハウDomäne Wachauだろう。ここは農家というより、バッハウエリアのドナウ川両岸に広く畑を持つ、ワイン製造会社のようなところだ。

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モダンな作りの建物に入ると、実にたくさんのワインが並んでいる。ブドウが育った畑ごとに棚が区分され、選ぶのが難しい。

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オーストリアのワインは、フランスのボルドーやイタリアのキャンティのように、産地の名前ではなく、ブドウの品種でワインを区分している。このバッハウ地域で有名なブドウの品種は、グリューナーフェルトリーナーやリースリングだ。どちらも白ワインである。酸味と果実味があり、さっぱりして冷やして飲むと最高である。そしてアルコール度数によっても呼び方が区分されている。ワインを選ぶときは、それらを基準に好みのものを選ぶのが良い。

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ワイン生産地には、ホイリゲと呼ばれるワイン農家直営のワイン居酒屋がある。美味しいワインを購入したら、ホイリゲで食事も楽しめる。ドメーネバッハウには直営ホイリゲはないため、ホイリゲへは、また別の街へご案内した時に訪れるとしよう。


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