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【配給会社ムヴィオラの映画1本語り】『春江水暖〜しゅんこうすいだん』③汽水域と借景のキャスティング?

その昔、エルマンノ・オルミ監督の『木靴の樹』を見た時、農民たちが土を耕したり、種を蒔いたり、収穫したり、鋤を使ったり、トウモロコシの皮を剥いたりする、全ての所作が美しくて、それを見ているだけで感嘆したものだ。

映画の舞台はイタリアはベルガモで、オルミ監督はベルガモの本当の農民に演じさせたと知った。物語は、脚本を書いたオルミのものだろうけれど、そこには農民の人生が持ち込まれていて、言ってみれば劇映画とドキュメンタリーのあわい、「汽水域の映画」(昨日記事ご参照を!)かもしれない。

オルミの手法はリアリズムと呼ばれるけれど、私にはそれは「借景の美しさ」とも思えて、その美しさに胸打たれてしまったのだ。鋤の一つもふるったことのない俳優が1〜2ヶ月訓練しても、全体の動きの美しさでは本物の農民にかなう訳もなく、もちろん俳優の肉体の存在感は素晴らしいので撮り方を工夫すれば、その美しさはあるけれど。(『にがい米』のシルヴァーナ・マンガーノの迫力は女優だからこそでしたね_古い。。)

本題の『春江水暖〜しゅんこうすいだん』だが、キャストが監督の親戚や知り合いで演技の素人ばかりということは、フィルメックスの際のインタビューでもよく知られている。監督に聞いたところ、お婆さん役と孫娘役は少し演技の経験があるそうだ。(詳しくは公式サイトの登場人物を!)

厨房

*厨房の長男

レストランをやっている長男役は本当にレストランをやっている監督のおじさんで、漁師をやっている次男役はレストランに魚を卸している本物の漁師。だから所作が美しい。長男役が狭い厨房で鍋を振るい、狭い厨房を動き回る様子なんて、いいなぁと思う。さらに長男夫婦も次男夫婦も本物の夫婦で、三男役とそのダウン症の息子は本当の親子。だからこそ、息子がよくなついている。なついている仕草がとても美しい。みんな親戚だから、映画は初めての男の子ものびのびと素直に映像の中に存在している。加えて言えば、映画の中のエピソードも長男夫婦に実際に起きたことをモチーフにしているのだそうだ。

三男親子

*銭湯での三男親子

これはまさしく「借景」じゃありませんか!監督は1988年生まれで、今32歳。撮影時はまだ30歳にもなっていなかった。それなのに、日本でも「こんなに若い監督とは思わなかった」と言われるが、フランスでは上映後のQ&Aで「50歳くらいの監督だと思ってた」とも言われたらしいが、監督の年齢の経験以上のものが映画に持ち込まれたのだと、全くもって感心した。これもグー・シャオガン監督の才能なんだと驚くばかりだった。

*敬愛するエルマンノ・オルミ監督。ムヴィオラでは長編劇映画としての遺作になった『緑はよみがえる』をチャイルドフィルムさんと共同配給させてもらいました。オルミさんは天国で、今のこの世界をどんなふうに見ているのでしょうか。声が聞きたいです。

2021年1月13日 ムヴィオラ 武井みゆき

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