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【配給会社ムヴィオラの映画1本語り】『春江水暖〜しゅんこうすいだん』⑥10分53秒のシーンを何十テイクも? 鬼ですか?

昨日の記事の続きになるが、「競争しないか?僕は泳いで君は歩く」の、泳いでから最後船に上がるまでの10分53秒の超ロングテイク。これは素人キャストだからこそできたシーンと言ってもいいと思う。もちろん「映画のためならなんでもやります!」と、延々と泳いでくれる奇特な俳優さんももちろんいるだろうけど。普通なら「スタント使いましょう」だ。

このシーンに登場している孫娘グーシー役のポン・ルーチーさんは、小さな劇団でいくつかの舞台に出演したことがある若い女優で映画は初めて。恋人ジャン役のジュアン・イーくんは、彼女の実際の恋人だそうだ。ある日、監督らスタッフがポンさんと打ち合わせしていたら、彼女が「私の恋人は〜」と彼の話をしてくれたそうで、「よし、恋人役は彼にしよう!」とトントン拍子で話が決まったらしい。

だから一緒に歩いているだけで恋人同士とわかる。そしてジャン役のジュアンくんは、彼女とは別の劇団だが、演出家が本業でほとんど演技経験はないそうだ。そして彼には海外への留学経験があり、なんと学生時代は水泳の選手だった!まさに「借景キャスティング」ですね。

川沿い0116

*リアル恋人のデートです。

映画の中で学校の先生であるジャンは英語で授業をしたり、グーシーは10分超えロングテイクのシーンで、自分が実生活でやった芝居のセリフを誦んじたり。そして、ジャンは川を泳ぎ切る。二人の実人生が映画に持ち込まれ、映画を芳醇にしている。

船の上から0116

*カメラクルーが乗った船。川を移動しながら対岸を撮る。

しかし。

あのシーンは何テイク撮ったの? シャオガン監督にふとそう聞いてみたら、「うーん、全部で30回くらいかな」と笑顔を浮かべて言うではないか。ニコニコと何を言ってくれてるんですか。いくら元水泳選手だからって。君、鬼なの? プロの俳優だったら、1回だってやってくれなかったかもよ。それを30回もやらせたの?

照れたような笑いを浮かべ、シャオガン監督は説明する。「あの場面は、2017年の夏とその次の年と2年撮ったんです。最初は、なかなかうまくいかなくて。ジャンさんが泳ぐ速度とグーシーが歩く速度が合わなかったり。カメラがうまく二人を撮れなかったり。何度もやり直して。まぁそれでも、これくらい撮れればいいかなと言うところまでは撮れたんですが」。

「資金集めが遅れたこともあって、撮影が2年にわたったので、それで、次の年に、“あのシーンをもう一度撮ったら、前よりきっとうまく撮れるな”と思ったんです。その時も何回か撮り直しはしました。川で遊んでたり、川沿いにいる人たちの何人かは、こちらからお願いして“この辺りでこうしていて”と頼んだ人なんですが、何回目かのテイクで全く通りすがりの大きな犬を二頭連れたおじさんがやってきて、犬たちを川で遊ばせ始めたんですよ。それが撮れた時、初めて“これだ!”と思って、そのテイクを使いました」。

皆さん、このシーン、ジャンが泳ぐ速度とグーシーが歩く速度、周りの人たちの動き、川で遊ぶ犬にぜひ注目してご覧ください。

ジャン役のジュアンくんが、我慢強い心優しい青年で本当に良かった。

Vサイン0116

 *再掲…ニコニコしながら無茶を言うシャオガン監督

2021年1月16日 ムヴィオラ 武井みゆき

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