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ジョージア映画祭と原田さんと『金の糸』

もう明日から!1月29日 土曜日から、「ジョージア映画祭」が岩波ホールで始まる。今回の開催は2018年に続いて2回目で、今回の上映本数はなんと34本。2月25日までの4週間だから、全部見るには、毎週8本以上見なくてはならない計算。なんですって!?
その本数だけでも「異常な」(賞賛しています!)ジョージア映画祭を企画し、上映作品を決め、ジョージア側と交渉し、チラシやパンフレットを執筆し、何から何まで、お金の責任までもって主催しているのが、原田健秀さんだ。
原田さんは数年前まで岩波ホールのスタッフであり、「パシュラル先生」シリーズでも知られる絵本作家・画家でもあり、その時は「はらだたけひで」さん。映画祭の時もひらがなのお名前で宣伝活動などもされている。

原田さんについてはこちらの記事(有料記事ですが)に紹介があります。

またジョージア映画祭についてはご自身で記事を書いてらっしゃるので、こちらを読むのが一番だと思います。

というわけで、なぜ原田さんがジョージア映画祭をやっているのかはそちらの記事にお任せし、ここでは、私の視点から原田さんとジョージア映画祭をご紹介したいと思う。

原田さんは情熱の人だ。自分が好きなことに対して驚くほどの情熱をお持ちだ。たとえばジョージア映画祭の話に高じてくると、私の目には原田さんの情熱の風車がぎゅるんぎゅるんと回るのが見えるような気がする。そして大抵の人はその熱量に抵抗しがたく、すっかり巻き込まれてしまうのだ。私もその一人で、原田さんのすすめによってエルダル・シェンゲラヤ監督の『葡萄畑に帰ろう』を買い付けて配給し、挙句にジョージアまで行ってしまった。

『葡萄畑に帰ろう』を紹介されたのは、原田さんが岩波ホールの定年退職を目前にしているときだった。「実はジョージア映画界の長老のシェンゲラヤさんが新作を作ったんですよ」。エルダル・シェンゲラヤは、原田さん生涯の映画と言っていい、『ピロスマニ』を撮ったギオルギ・シェンゲラヤ監督の兄で、エルダルもたくさんの秀作を手がけた名監督だ。
『葡萄畑〜』はなんとも抜け抜けとしたユーモアで政治風刺を見せながら、ドタバタ喜劇を一筆書きで描いたような趣があり、それを人間讃歌・ジョージア讃歌に謳いあげたような面白さがあった。ただこの映画を公開するには、エルダル監督の1983年の傑作『青い山』を見てからやるべきだった。しっかりとエルダル監督を、この映画を掴んだという感触がないままに公開することになってしまった。興行も残念ながら、今ひとつだった。今回のジョージア映画祭では、『青い山』も1963年の『白いキャラバン』も上映されるので、反省の気持ちも込めて、私もぜひ見たいと思っている。

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原田さんが岩波ホールを退職し、長くジョージアの首都トビリシに滞在していた2019年。知人たちと共に初めてジョージアを旅した。泊まったのはすべてトビリシだったが、『葡萄畑〜』の字幕翻訳者であり、ジョージア映画祭でなんと未公開作すべての字幕を翻訳した児島康宏さんが車を出してくれて、世界最古と言われるジョージアワインの故郷であるカヘティを訪ねたり、コーカサス山脈まで足をのばしたりもできた。原田さんと児島さんの人徳のおかげで、どこへ行っても歓迎された。原田さんは、ジョージアで個展を開く話が進んでいて、ピロスマニの生まれたミルザニの町(村?)からは名誉市民(名誉町民?名誉村民?)の称号をもらったところで、ジョージアの人たちには何しろワインやチャチャ(蒸留酒)が祝いには欠かせないようなので、私たちの到着日にあったというミルザニのピロスマニ祭りで大層飲まされた酔っぱらいエピソードを楽しげに話してくれた。

S_カヘティで昼食をもてなしてくれた葡萄畑の青年。食事の時はタマダに。

↑カヘティで昼食をもてなしてくれた葡萄畑の青年。
食事の時は宴会の仕切り役「タマダ」になってくれました。

カヘティ&コーカサス

↑左:コーカサス山脈/右:カヘティの街並み

そして私たちが日本に戻ったのち、2019年12月のトビリシ映画祭で原田さんが見たのが、1928年生まれの伝説的女性監督ラナ・ゴゴベリゼ監督の『金の糸』だった。原田さんには映画祭で見た時の感動をパンフレット用の原稿に書いてもらったので、ぜひ公開の暁には読んでみてください。翌2020年になって、原田さんから『金の糸』のDVDを受け取った。英字幕だった上に、さまざまな文学の引用があって、すべてのセリフが理解できたわけではないが、胸に染み入るようだった。私が何よりも胸打たれたのは、主人公エレネは足が悪く、同居することになった娘の姑ミランダはアルツハイマーの兆候が出ていて、数十年ぶりにエレネに電話をかけてきた昔の恋人アルチルは車椅子の生活。主要3人はいずれも、ある意味で不自由で、映画のエネルギーは「アクション」から生まれるという定則から言えば、窮屈な広がりのない映画になっておかしくないというのに、そこには時間も場所も超えた自由な広がりがあることだった。しかもその見せ方のシンプルなこと!そこに、エレネとミランダのソ連時代の大きな亀裂が、物語を推し進めていく。動きの取れない主人公たちとは思えぬ凄み、そこには“アクション”があった。そして、ラナ監督は、映画の制作途中で気づいたという日本の伝統技術“金継ぎ(きんつぎ)”と物語を重ね合わせることで、「過去との和解」を描いてみせた。わずか91分の映画だが、なんと豊かなものが詰まった映画であることか。『金の糸』にすっかり魅了され、そしてようやく今年、公開に至るのだが、この映画を紹介してくれた原田さんには感謝しかない。

運が良いことに、ジョージア映画祭の作品を何本か事前に見せる関係者向けの試写で、ラナ監督の1978年の『インタビュアー』を見せてもらえた。これはまごうことなき70年代の傑作だと思った。そんなわけで、1月29日から始まるジョージア映画祭では、Aプログラムの「シェンゲラヤ家の栄光」、Iプログラムの「ゴゴベリゼ監督・女性監督の系譜」をぜひ見てほしいと思う。もっとも見てほしい映画、見たい映画はありすぎるほどたくさんある。こちらも試写でみせてもらったミヘイル・コバヒゼ監督の『傘』(1963)なんて素晴らしいとしか言いようがないのだ。ジャック・タチのようでもあり、美しい音楽詩のようでもある。ああ、仕事が休めたら!!
みなさんどうぞジョージア映画祭に足をお運びください。そしてその後にはぜひ『金の糸』をご覧になってみてください。

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2/26公開『金の糸』公式サイト

■『金の糸』公式Twitter