見出し画像

映画『ブラック・スワン』の考察~母親の呪いにかけられたニナ~

映画『ブラック・スワン』(2010)を観た。「ブラックスワン」とは黒鳥を意味し、ナタリー・ポートマンが演じるバレリーナのニナが、母の期待に応えるためにバレエに囚われ、そして狂っていく様子を描いたサイコスリラー映画である。

感想としては、いくら親でも子供を支配するのはいけないよなー、と思った。自分が叶えることができなかった夢を子供に託す話は美談として語られることもあるが、それって親の自己中でしかないんじゃないか?親の期待は時に呪いにさえなってしまう。

結局この話が描きたかったのはそこなんじゃないか。

母親=悪魔、ニナ=白鳥

「母親にバレリーナとしての成功を託されたニナは、その母の呪いが解けることがないまま、黒鳥をも完璧に演じ切ることで、自身の白鳥性を完成させた」

『ブラック・スワン』では、ニナ含めバレリーナたちが劇の主役に選ばれるために、必死に練習をする。主役に選ばれたニナが演じるのは、『白鳥の湖』の白鳥・オデットと黒鳥・オディールである。(チャイコフスキーの三大バレエの一つともいわれる『白鳥の湖』では、白鳥を演じるバレリーナが黒鳥も演じるという一人二役スタイルが一般的である。)

『白鳥の湖』のあらすじ・・・成人式の舞踏会を翌日に控え、花嫁候補を選ぶよう王子は、夜、湖に出かけ、そこで白鳥が女性に変わるのを目にする。実はその白鳥はオデットという女性で、悪魔に呪いをかけられて白鳥に変えられてしまったのだ。その呪いが解ける条件は「一度も女性を愛したことのない男性から愛されること」。王子はオデットに恋に落ち、愛を誓う。翌日の舞踏会では、王子は花嫁をとることを拒否する。しかしそこに悪魔が扮する謎の男が、オデットにそっくりな彼の娘・オディールを連れて現れる。彼女の官能的な魅力に王子はすっかり魅了されてしまい、彼女に愛を誓ってしまう。すると、男と娘はその場から去ってしまう。舞踏会での出来事は、悪魔が男に扮し、王子を騙すための計画だったのだ。その後白鳥の下にかけつける王子だが、オデットの呪いが解けることはなく、二人で身を投げ心中する。(この結末とは異なるもう一つのパターンがあって、そちらでは悪魔に打ち勝った二人が幸せになるハッピーエンドらしい。)

「結末と題の意味」
 映画『ブラック・スワン』の中でニナが主役を演じる『白鳥の湖』は、最後は白鳥が一人孤独に、しかしどこか満足げに身投げする、という結末である。「この結末が何を意味するのか」「映画の題名である『ブラック・スワン』が結末にどのように関係するのか」の二つに注目する。

「白鳥としてのニナ」
 ニナは元バレリーナの母に育てられた、従順で清純な女性である。ニナにとってバレエだけが彼女の誇りであり母の期待に応える方法である。母に逆らえないおとなしい性格や、母に禁じられているために異性との接触をもたない清純さが白鳥と共通する。そして、ニナに「バレリーナとして成功しなければいけない呪い」をかけ育てた母親は、彼女にとって悪魔的存在だと捉えることもできる。

「黒鳥を内包する白鳥」
 しかし、そんなニナの人生に変化が訪れる。『白鳥の湖』の主役に抜擢されたのだ。一人で白鳥と黒鳥を演じなければいけないが、ニナは自分とは正反対の性格の黒鳥を演じることにプレッシャーを感じ、日に日に精神を蝕まれていく。ここで私は、映画の冒頭の「とても変な夢を見たの。白鳥を踊ってるの。プロローグの悪魔が呪いをかける場面よ。」というニナの発言を思い出した。このセリフは、「本来は白鳥であるニナが黒鳥役を演じるプレッシャーによって気が狂ってしまう未来」を暗に示しているのではないだろうか。

 また、コーチのトマがニナが主役に決まったことを大衆に発表したパーティーの帰り際のシーンでは、トマを待っているニナの目の前に悪魔のような像が立ちはだかる。その像に目を奪われるニナのそばに突然ベスが現れ、その後ベスは自殺を図る。ここでは、この後狂っていくニナや、元プロであったがニナに役を奪われ絶望するベスが「バレリーナとして生きる呪いにかけられた白鳥たち」であると示していると考えられる。このシーンの後、トマはニナに「役作りの一環として自慰をしろ」と伝える。その後もニナは、リリーに誘われ麻薬を使ったり、リリーと交わる夢を見たり、最早役作りの範疇には収まらず、ニナ自身が黒鳥に変化していく様子が描かれる。つまり、ニナが従順な白鳥であるがゆえに、バレエの黒鳥役がニナ自身に乗り移ってしまうのである。

「ニナの傷」
 ニナは精神を病んでいく中で、自傷行為をするようになる。自分で背中につけた傷の形は、片方の翼のように見える。そして彼女は、その傷から黒い羽根が生える幻想に襲われる。一方で、彼女にはリリーの背中に生える綺麗な黒鳥の翼が見えていた。ニナは黒鳥になるために肉体さえも傷つけたが、結局自由へ飛び立つための完全な黒鳥の翼を手に入れることは叶わなかった。そして、黒鳥を演じる才能があるリリーはニナにとって、バレリーナとしての成功の道を妨げる「黒鳥」であることが示される。

「結末」
バレエに人生を捧げてきた白鳥のようなニナがショーで黒鳥を演じきり、その先に待っていたのは自由な黒鳥としての人生が手に入るハッピーエンドではない。劇のクライマックスを黒鳥として演じきったニナは再び白鳥にもどり、歓声に包まれながら舞台を飛び降り、幸せそうに眼を閉じ、映画が終わる。ニナは、バレリーナとして劇の主演をやり切ったと同時に、自身のバレリーナのとしての人生にも幕を閉じたのだ。

「結論」
このように、ニナが演じる呪いを解くことができず死を選ぶ白鳥は、母親にかけられた「バレリーナとしての成功」の呪いから逃れられず、黒鳥に精神を乗っ取られたニナ自身であることが分かる。それではなぜ映画の題が『白鳥の湖』ではなく『ブラック・スワン』なのか、という疑問が浮かぶ。ここまで論じたことを踏まえると、題である『ブラック・スワン』は「黒鳥役に支配された白鳥のニナ」を描く内容に対する皮肉だと感じた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?