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コロナ禍におけるトレンド“日常系恋愛映画”とは?

 2022年2月11日に公開された『ちょっと思い出しただけ』(22)は間違いなく今年のベストに入る恋愛映画の傑作であった。
 本作は松居大悟監督が長年タッグを組んでいるバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観の楽曲『ナイト・オン・ザ・プラネット』にインスパイアされて製作された作品である。
 元カレの誕生日、7月26日。コロナ禍で仕事も生活も様変わりした東京。偶然見かけた元カレ(池松壮亮)を見つめて、彼女(伊藤沙莉)が「ちょっと思い出す」ところから始まる。回想として、6年間に訪れた6回の「何気ない1日(彼の誕生日)」を1年づつ逆行していく物語だ。結末を提示して逆行していくことにより、未来に別れることになる2人の日常がやけに痛々しくも前向きな印象を与える構造は、偶然にも、伊藤沙莉が出演した『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21)と同じ構造である。
 この二つの映画は、いずれもコロナ禍で主人公が回想する過去の出会いと別れが日常的な描写とともに描かれる(良い意味で)何も起きない恋愛映画であった。
 2000年代の『世界の中心で愛を叫ぶ』(04)に代表されるような不治の病が障害になるわけでもないし、2010年代に頻繁に描かれた学園恋愛映画のように「立場や性格の違う二人の恋が実るのか実らないのか」を描くわけでもない。本作はオープニングから出会い別れたことを明示し、ただ付き合っていた日常の悲喜交交を愛でる作品であり、まさに「日常系恋愛映画」とでも言うべき作品ではないだろうか。

 このような「カップルが別れるまでの日常だけをリアルに描く“日常系恋愛映画”」が数多くみられるようになったのはコロナが人々の生活に大きな影響を与え始めた2020年頃ではないだろうか。
 コロナ禍で仕事も生活も一変し、マスクをつけずにいた数年前の出来事や思い出を懐かしむことが日常になったコロナ禍において、肉体的に気軽に触れ合っていた「普通の日々」をただ眺めるだけの“日常系恋愛映画”が人々の心に刺さっても不思議ではない。
 『ちょっと思い出しただけ』の松居監督と池松壮亮はこのように語っている。

コロナになってから人に会えないことが多くなったので、それに伴って人のことを思い出すことも多くなりましたよね。それもあってこの話を書いたので、コロナを描くことは必然でした。(松居監督)
https://news.yahoo.co.jp/articles/0327196c1d27d4acd1a5b4ec879a8507c66de3fc?page=2
『ちょっと思い出しただけ』に関しては、ステイホームや緊急事態宣言、蔓防など、疲れ果ててきた誰かがたまたまふらっと街の小さな映画館に入ったとして、何かしら自分の人生を投影して、ちょっと酔いしれることができる。うっとりできて、切ないんだけど何だかすっきりする。いつか夜明けはやってくるし、今生きている。これからも。そんな映画を目指すべきだと思っていました。照生と葉が思い出しただけの話にするべきではなかったし、登場人物全員がちょっと思い出しただけの話、作った人間たちがちょっと思い出しただけの話、観たお客さんがちょっと思い出しただけの話――そういうところを個人的には目指していきたいと思っていました。(池松壮亮)
https://www.banger.jp/movie/72146/
『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21)
コロナ禍の新宿で黄昏れる主人公が「あの頃」を回想し、時系列を逆行させてカップルの日常だけが描かれる。

●日常系恋愛映画の布石『劇場』(20)の特殊性

 カップルが別れるまでの日常だけをリアルに描く“日常系恋愛映画”。その布石だったのが又吉直樹原作の『劇場』(20)ではないだろうか。
 東京アラートが発令され、街から人が消えた2020年7月。公開延期を余儀なくされていた『劇場』はネット同時配信という形で劇場公開にこじつけることができた作品であり、まさにコロナ禍で劇場に人が少なからず戻ってきた最初の作品の一つであった。
 劇団を立ち上げるが苦境に立たされた20代の男(山崎賢人)が同じ演劇の道を志す女性(松岡茉優)と出会うが、彼女の優しさに甘えて自堕落な生活を続けるようになり、ついに彼女は彼に別れを告げる。その“何も起きない”7年間をリアルな会話劇でユーモラスに描いていく本作は、コロナ禍においても大ヒットを記録。この“何も起きない”『劇場』のユニークさについて行定勲監督はこのように語っている。

『GO』(2001年)では国籍の違いが、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)では重い病気が、『ナラタージュ』(2017年)では別の人と既婚であることが障害になっていたけど、この映画にはそれがない。実は、永田のアイデンティティの問題で、勝手に好きな人から遠ざかっています。クリエイターや芸術家なら経験した人も多いかもしれません。自信のなさから、すぐそばにいる最愛の人を傷つけてしまうようなことが、往々にしてあるんですよね。そこからサクセスする話は珍しくないですが、永田は(小説の終わりまで)何者にもなりきれないところがユニークです。(『劇場』行定勲監督)
http://tvstation.jp/television/entertainment-news/13910/
『劇場』(20)
夢を追いかける男性主人公と恋人の日常が、このジャンルの定番になった

 行定監督が指摘する「何者にもなりきれない主人公」「2人を分け隔てる障害がない」という点は、『ちょっと思い出しただけ』(22)『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21)はもとより、コロナ禍において大ヒットを記録し、2021年キネマ旬報ベスト10にも選ばれた『花束みたいな恋をした』(21)にも言えることではないだろうか。

●『花束みたいな恋をした』(21)で確立された“日常系恋愛映画”

『花束みたいな恋をした』(21)
お風呂に一緒に入る日常風景。サブカルの固有名詞がどんどんと出てくるのが定番となった。

 『花束みたいな恋をした』は2021年の国内興行成績ランキング第8位となり、38億円の大ヒットを記録した。オープニングでイヤホンに対する独特のロジックを持つ男女が映し出され、彼らが見つめあって気まずそうにすることで二人が既に分かれていることを暗示させる。そして物語は過去に遡り、出会いからの5年間が描かれていく。
 序盤で別れを提示して、過去に遡り、何気ない日常をリアルな会話劇でユーモラスに描いていくことで大ヒットしたことは、コロナ禍において「普通だったことが普通ではなくなった」ことへの哀愁が人々の心に内在していたからこそ、だったのではないだろうか。主演の菅田将暉と有村架純は本作についてこのように語っている。

菅田「コロナ禍を通じて『人と会う』という事の見方が変わりました。この映画が描いているのは、恋愛だけに限りません。人と人が盛り上がって通じ合う瞬間、触れ合うこと自体の面白さのようなものが詰まっています。カップルで観ようと、ひとりで観ようと、また独身の方、既婚者の方、劇中のような経験をしたことがない十代の若者、それぞれで見え方が異なってくるはず。意外とコアなものを映しているのに、万人受けするような気がしています。“触れ合い”が増える映画になるんじゃないかな――そうなってくれるといいなと思っています」

有村「簡潔にいうと“大事なこと”を教えてくれるお話なのかな。会いたい時に会えて、手に触れたい時に触れて、抱きしめたい時に抱きしめられる。今の世の中では簡単にはできない、その単純でストレートな愛情表現が映されているんです」
https://eiga.com/movie/92102/interview/

 本作以後、前述した『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21)や『ちょっと思い出しただけ』(22)など、“日常系恋愛映画”が一つのトレンドになったように思える。コロナ禍で人肌に触れたり、気軽に男女の関係を築くことが難しくなった昨今。「普通」が「普通ではない」世の中で、ただ当たり前の男女の日常をリアルな会話で紡いでいくラブストーリーがヒットを記録するのを映画ファンとして黙って観ているわけにはいかないだろう。今後も注目の日常系恋愛映画の特徴を下記にまとめてみたので、念頭に入れながら鑑賞するとより新しい視点で楽しめるかもしれない。

●日常系恋愛映画の特徴

【その1】オープニングでは既に恋人と別れている

「恋が実るか実らないか」という“トキメキ”ではなく、何気ない“日常”を強調するため、既に別れたことを明示

【その2】出会いから別れるまでの“日常”だけを描く

部屋でのイチャつき。一緒に入るお風呂。花火。外食。コロナ禍で失われた日常を愛でる描写が多い。

【その3】日常で使われる実在の固有名詞が会話の中で連発される

20代〜40代が共感できるリアルな日常を描くために「Switch」「ゼルダ」「押井守」「イーストウッド」「トリキ」「小沢健二」「ジャームッシュ」など「あの頃」に夢中になった要素を会話の中で連発させる。

【その4】夢を追いかけるが、何者にもなれなかった主人公

演劇作家。イラストレーター。小説家。ダンサー。
夢を追いかけるが何者にもなれず30代を迎えた若者たちのリアルは「ゆとり世代の末路」として共感を生んだ。

【その5】テーマは“共感”と“ノスタルジー”

コロナ禍で、過去を思い出したり、人との関係を恋しく思うことが「日常」となった令和時代。
仕事・恋人・夢の間で葛藤する若者のリアルな日常をノスタルジックに描くのが日常系恋愛映画ではないだろうか

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