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キラキラした沖縄だけじゃない!『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』vol.4


 元町映画館で10月3日から16日まで上映されている『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』。現在「超!学割シネマ」キャンペーンのおかげで、学生は学生証を提示するとなんと500円で観ることができます。ぜひ。

 さて、Vol.1~4にわたる特集記事の最終回は(りーさ)がお送りします。


あらすじ

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沖縄・那覇市にあるフリースクール・珊瑚舎スコーレ。

10才の子供から70歳を越える高齢者まで様々な世代の方が学ぶ学校に、ある日、15才の少女がやって来た。

彼女の名前は坂本菜の花さん。

本州から、とある理由でやってきた彼女は、沖縄の過去と今を学び、純粋な言葉で思いを綴っていく……。


私にとっての沖縄

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 私の沖縄のイメージは「明るい南の土地」です。エメラルド色に眩しく光る海。陽気で寛容な人々。身を任されば嫌なことをすべて忘れてしまうような島唄。何度か観光で訪れたことがあるのみですが、とても好きな場所です。

 私には沖縄出身の友人がいます。彼女は沖縄で育ち、大学進学を機に神戸へ引っ越してきました。とても明るくて面白い素敵な人です。

 彼女は6月23日、インスタグラムのストーリーに「今日は慰霊の日でみんな仕事は休みだったけれど、私だけオンライン授業があり寂しかった」というような内容を投稿していました。当時私は「沖縄とこちらでは休日が違うのだな」程度に思って終わっていました。

 しかし、ちむぐりさを観たことで自分がいかに沖縄の事情について無知であったか、無関心であったか痛感し、彼女に対しどこか申し訳ない気持ちさえ抱きました。大学4年間で多くの時を共に過ごし、私は彼女のことをよく理解していたつもりだったからです。


この映画の凄さ

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 そんな無知な私でさえ、このドキュメンタリーの主人公、坂本菜の花さんの視点を通して、一緒に沖縄に思いを馳せることができます。

 菜の花さんは15歳の時に石川から沖縄へやってきました。彼女が通うフリースクールでは、夜間に、お年寄りが生徒として学びに来ています。彼らは沖縄戦終戦期に学齢期にあり、十分な学びを得られなかった人が多いため、楽しそうに学校に通っています。菜の花さんは同級生やお年寄りとの交流を通して、濁りのないまなざしで沖縄を見つめていました。

 ドキュメンタリーにありがちなインタビューはほとんどありません。監督曰く、「聞き出したいのを聞くのは簡単だから」だそう。高校生の菜の花さんの等身大の思いを映像にのせるため、思いをノートで書き留めておいてもらい、それがあとから菜の花さんのナレーションに生かされているそうです。


平良いずみ監督へのインタビュー

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菜の花さんの人の痛みに寄り添う力
(りーさ)
 菜の花ちゃんは自分が中学校時代にいじめられた経験もあって、「沖縄の人々が差別されている」と自分が過去に受けた痛みから想像したのではないでしょうか。沖縄問題を本当に理解できているのかに依らず、(いじめの経験のお陰で)他人事ではなく自分事として痛みに寄り添ったり感じたりすることができたのではないかとの印象を抱きました。

(平良監督)
 菜の花ちゃん本人もインタビューを受ける機会が多いですが、その際、彼女はいじめを受けたことについて、そうでなければ沖縄に来られなかったことを踏まえ、「すごくよかった」と述べています。実は、(映画では取り上げませんでしたが)菜の花ちゃんは小学5年生から和歌山のきのくに子どもの村小学校 に通っています。小学校の頃から地元を去りたいと思うほどきつい経験をしてきたということだと思います。それにもかかわらず、彼女が内に持つ強さにより、今では、いじめが自分のためになったと整理できたということなのでしょう。


劇中の音楽の魅力
(りーさ)
 映画内で、菜の花ちゃんが歌っていると自然と民謡に切り替わるシーンがいくつかあり、音楽が映像に素敵さを加えていると感じました。監督の音楽へのこだわりを教えていただけますか。

(平良監督)
 音楽は「珊瑚舎のおかげ」だと思っています。珊瑚舎は民謡をとても身近に感じられる環境で、菜の花ちゃんが辺野古で歌っている童神(わらべがみ)は彼女が一番気に入っている楽曲です。カットしてしまいましたが、教室で菜の花ちゃんが三線を爪弾いているシーンもありました。加えて、沖縄には「自宅に三線がある」という贅沢があり、我が家も例外ではありません。私は弾けませんが夫が弾いています。

 そして、映画のタイトルになっているちむぐりさについてですが、原曲はザ・フォーク・クルセダーズ というバンドの「悲しくてやりきれない」という楽曲です。それを上間綾乃さんがウチナーグチに訳して歌った のですが、「悲しいという言葉がウチナーグチにない」というお話を上間さんに教わり、とても印象に残っていました。私は、この曲ありきで制作したいと思っていましたが、1か月程の関係構築期間を経て菜の花ちゃんに好きなウチナーグチを尋ねた際、彼女の口から「ちむぐりさってどんな意味でしたっけ?」との発言があり、こんな奇跡のようなことがあるのかと驚きました。自分が制作しているつもりでしたが、「作らされている」とでも言いましょうか、導きのようなものを感じました。


「沖縄県外の若い人に届けたい」
(りーさ)
ちむぐりさは当初、沖縄テレビ放送開局60周年記念のテレビドキュメンタリーとして作成されたものと認識していますが、その後映画化に至った背景には本土の人に観てもらいたいとの想いがあったのでしょうか。

(平良監督)
実は、ちむぐりさは、はじめから「沖縄県外の若い人に届けたい」との想いで制作し、テレビ番組でも全国放送を行いました。ただ、本当に人知れず、関西テレビでも朝4時といった枠で放送され、実際には「届けられない」という悔しさを感じたことが映画化の背景にあります。

望ましいテレビ放送枠を確保できないことは地方ドキュメンタリストの共通課題であり、こうしたドキュメンタリー映画化の動きは、東海テレビなど各地放送局でみられています。

(りーさ)
確かに、早朝枠では目的意識を持って録画しない限り視聴できません。映画化を通じて多くの人に観てもらえたらと思います。

(平良監督)
ぜひ友人にも勧めてほしいです。


最後に

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私が冒頭で紹介した沖縄出身の友人の言葉を記しておきます。

「沖縄は離れてるのもあって、本州では沖縄の問題はなかなか取り上げられないのよね。神戸に来てもっと実感したな」

「私たちは小学校の頃から毎年6月は平和月間で、沖縄戦について考えることが多かったのよね。

沖縄戦を経験した方から話を聞く機会があったり、自分達で調べて新聞を作ったり、戦争についての本や映画、漫画を読んだりと、学ばせてもらう機会が多かったけれど、
それは沖縄だからであって、本土ではあんまり認識は高くないのかなって思うと、ちょっと悲しさがあるかな」


インタビューに答えてくださった平良監督も、沖縄の方です。多かれ少なかれ私の友人と同じ思いを抱えていらっしゃると思います。

「もっと知ってほしい、考えてほしい」という思いを、どのようにすれば人により伝えられるか真摯に考え、取材を重ね、よりよい手法や構成を選択し、ドキュメンタリーを生み出す監督。

この思いは、我々若い世代がちむぐりさを観て、感じ考えることで、しかと受けとめたい、そう思いました。

元町映画館での『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』の上映は、10月16日(金)までです。


参考


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