見出し画像

人生の棚卸② ~中学生 ザ・サバイバー~

周りから人が離れていく現実に理由がわからないまま中学生生活を迎えることになる。当時の心境もうは記憶にないが、その後の行動を回想して思うことは、「まだやり直しができるのではないか」と思っていたのかな、と。そんな自分が取った行動とは・・・

中学生活でも相変わらずちょっかいを出してくる連中が居て、こんなことがあと3年も続くのかと思うと正直めんどくさいと思いながら過ごしていたように思う。ただ、なぜかあきらめの境地には至っておらず、どうにかして挽回したいと躍起になっていたのが中学1年から2年あたりである。

そのころには自己主張が得意ではない(もしくはする必要性に疑問を持ち始めていた)のはなんとなく理解していたが、それでも、班長に立候補してみたり、委員会に所属したりと、いわゆるリーダー的役割を担うことで挽回したいと思い行動していたが結果は散々で、自己主張が弱い点や、いじめられてなんぼのくせに生意気だ、などと評価され頓挫する。せいぜい出来たことといえば、絡んでくる連中に彼らの好物の給食をあげることで衝突を未然に防ぐことくらいだった。

また、人との距離を縮めるのに有効と考えていたニックネームで呼ぶこともその時やっていたが、ある女子からそういった行為が気持ち悪いと手紙を回されていたことを知り、もうこの方法もダメなんだなと思うようになる。

当時の自分の頭で考えられる可能性を試すもうまくいかない現実を目の当たりにしてどう変わっていったのか・・・

自分の存在感を可能な限り消すこと

である。例として【自己主張はしない】【話しかけられないようにする】【成績も目立たないようにする】などである。特に【話しかけられないようにする】について思うことは、これを実行しようと思うようになってから、常に相手を観察する癖がついてことだ。目線、声のトーン、仕草などとても注意深く見て、自分に危害が及ばないかをジャッジするのである。こうして「自分だけの世界」に入り込むことで、世の中の煩わしいことから自分と遠ざけ、自分の世界でのジャッジがすべて正解という歪んだ世界の住人となるのである。

では、家ではどうだったのか?というと、父は普段はおとなしい人だが、酒を飲むと暴力を振るう人。母は底なしのお人よしで、自営をしている友人から手伝いを頼まれたと言っては家事など放棄して家を頻繁に空けるような奔放な人。まじめな父にとって奔放な母は許せなかったのだろう。自分が寝静まった(フリ)のを確認して喧嘩が始まるのである。

家でも両親の様子を観察し、ごはんを食べるタイミング、宿題をやるタイミング、寝るタイミングなどに気を遣っていた。当然、学校でのことは一度も話すことはなかったし、聞かれることもなかった。

こうして「自分」を出すことを半ば放棄した結果、煩わしいことから遠ざかることに成功する。ただ、今思うこととして、そうした生活の中でも【一筋の光】について前向きな認識ができていたらと思う出来事があり、ある意味人生初の分岐点といってもいいポイントのように思う。

中学3年のとき、隣席の女子からこんな提案をされた。「私の友達であなたと話してみたいと言っている人がいる」と。この時の自分は、珍しい人もいるもんだなと思うと同時に、話しているとこを他の人に見られてでもしたら、相手の人が迷惑だろうと思ったので、そう伝えてほしいとお願いした。

そしたら、その隣席の女子の友人から手紙をもらうことになった。最初はただもらうだけで返事は書かなかったが、定期的に手紙をもらうことに無視するのもなんかなぁと思うようになり返事を書き始めるようになった。何を書いたか、またどんな返事をしたかはもう覚えていないが、ただ、その女子がいつもいっていたことは、【個性的で不思議な感じがおもしろい】である。何を思ってそう感じたのかはわからない。上述のとおり、存在感を消すことに全力を尽くしていたから。直接顔を合わせて話すことはなかったので真偽は不明だが、もし当時、この言葉から「個性」について考えを巡らす機会があったら、この先何十年も「自分の世界」に閉じこもる必要はなかったのかもしれないと思う。自分のことを理解しようとしてくれる人が少数でもいる可能性に気付くチャンスだったように思う。

こうして外の世界との関わりに制限を設けて嫌なことから身を守ることができる「自分の世界」の土台がここに完成したのである。

中学生当時はこれが最善であったと思い、実際に心が崩壊したりするようなことはなかった。良い思い出も帳消しになってしまう点については欠陥だったと言わざるを得ないが。

そうして、ある意味確立された(ように思われる)自分は、地元ではなく市外の高校へ進学することで、そうした中学生活を送っていた事実を知らない人たちとの生活を選ぶことでより煩わしさから解放されたい気持ちで進学することになる。楽しさも辛さも感じない生活が送れたのだろうか・・・


to be continued...

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?