小惑星『明日の世界より』〜大金の行方〜
「エレベーターは、流石に禁煙だろう」
「吸わないとツキが巡ってこないんだな、これが」
「願掛け的な?」
「いや、おまじないさ」
「何が違うの?」
「思っているだけじゃ、叶わないってこと」
「なんだそりゃ」
「さ、労働に継ぐ労働で稼いだ金を、1日でパーっとやろうぜ」
「ダメ人間だな」
「ダメ人間上等、レッツ、カジノ!!」
色々なステッカーを貼り付けられたエレベーターのドアが開いた。
友人は吸っていたタバコを足元に捨てて、火を踏み消した。
タバコの死体が燻らす細い煙が、釣り糸みたいに上がってきた。
エレベーターから出る。
豪華で大袈裟な演出が蔓延り、溢れそうなほどのコインがじゃれつく音が反響している。
友人は手揉みしながら、これだよ、これと歓喜しながら歩いていった。
その靴底には、誰かが吐き捨てたガムが着いていた。
俺は、今日のコイツは本当にツイてるかもしれないと思いながら、今さっき降りたエレベーターを振り返った。
濡れたエレベーターの床では、タバコがまだ未練がましく燻ぶっていた。
友人は最近、ロストアースから発見された過去のギャンブル『ポーカー』にハマっている。
ここで金を落とすつもりのない俺は、つまらないスロットで、少量のコインを投入しながら時間を潰す。
酒を飲むときも、ちびちびとしか飲まない。
元来ケチで面白みのない人間なのだろう。
それに俺には夢がある。
まだ誰にも言ってない。
そのためには幾らかの纏まった金が必要なのだ。
そしたら今就いているようなツマラナイ仕事はすぐにでも辞めてやる。
そして、この小惑星から出て行ってやるのだ。
この星は、あまりに小さく、狭い、こんなところで俺は人生を終えたくない。
最近、そういう類の恐怖で、うなされることが多くなった。
退屈な惑星だ、ここは。
当たっても大した利益のないスロットマシーン。
拾っても拾っても綺麗にならない、惑星外のゴミ収集作業、カビ臭い部屋でちびちび飲む酒。
どうして、こんなにつまらなくなったのだろう。
ああ、夜な夜な俺を襲う不安感で、沈んでいく。
「おい」
後から声をかけられた、聞き覚えのある声だ。友人に違いない。
そういえば、カジノにきてどれくらい経過したのだろう?
俺は声の主の方を見た。
「わお」
「当たっちった」
友人は、体中に大きなリュックが引っ掛けてあった。
まるで、上着掛けのようだ。
「なにそれ」
「だから、あたっちった、お前少し持ってくれよ、こんな大金持ったことないだろ」
俺はスロットマシンに見切りをつけたところで、友人のリュックを半分もった。
「いくら当たったの?」
「人生が変わって永久に維持できるくらいだな」
「すげぇな」
「俺もびっくり、ちょいと休憩エリアで一休みと行こうぜ、ジュース1000本くらい奢るよ」
「いや、一本で充分だよ」
休憩エリアはギャンブルに足を救われた人や、単純にギャンブル休みしている人がちらほらいた。
俺達は喫煙所の方で、タバコを吸うことにした。
ジュースは味のよくわからない甘いだけの炭酸だった。
俺達はぼんやりと、テレビを眺めニュースを追った。
「これで腐れ労働ともおさらばだ、俺は死ぬまでタバコを吸って死ぬ」
「それはそれで退屈じゃないか?」
友人は灰皿のない場所で、灰を落とした。
「結局人生なんてのは何したって退屈だからいいのよ」
「そんなもんか」
「うん、きっとそんな程度よ、人生」
友人は退屈な世界をそれでも享受しているのか。
「あ、この間の銀行強盗自首したってよ」
その声に釣られて俺もテレビに視線を移した。
「へぇ、盗んだ金を1円も使わずに返金ねぇ、酔狂なもんだ」
「どうにも、妹が大変な病で莫大な金がいるんだって」
俺達は足元の大金を見た。
「人生は運なのかね」
「そうかもな」
その後も俺達は、働かないで何をするのが一番幸せかという議論をしたり、その金でどんな暮らしをするのかという質問をしたりした。
友人は満足げに、あらゆる叶わなそうな夢を語ったが、もはや叶えるだけの金を手にしたことを思い出していた。
俺達はカジノをあとにした。
後日、友人から電話が掛かってきた。
「わりぃ数万円貸してくんね?」
「は?いきなりどうした」
「いやぁ、俺さこの間、カジノのエレベーターでタバコ吸ったろ?それがバレて今捕まってよ、罰金払わないといけないんだわ」
「あの大金はどうしたんだよ?まさかカジノで全部すったのか?」
「あー、あれね、あの金ね」
「そう、あの金」
「ありゃあ、銀行強盗にくれてやったよ」
「は?」
「妹さん、よくなるかもって」
「すげぇな」
「な、俺もそう思う、現代医療も馬鹿にならん」
「いや、お前だよすげぇのは」
「そうか?とりあえず、給料全部使っちまったし、あの金は全部くれっちまったし、俺っち参ってるの、すまん次の給料で1.5倍にして返すから!」
「わかったよ、今からいく、どこにいるんだ?」
友人は、そのあと散々カジノの経営者に絞られて、職場からも1週間の出勤停止をもらったのちに、人助けの功労を称えるための表彰式が執り行われた。
そして、銀行強盗の妹は無事、病を完治した。
強盗をした彼も誰一人として怪我人を出さなかったことと、抱える事情から情状酌量の余地ありということで、無罪放免となった。
俺達はそれからも、たまにカジノに行った。
友人はもうエレベーターでタバコを吸うのを止め、それからツキが巡ってこないとボヤき続けていた。
俺はどういう心境の変化か、こんな退屈な日々も悪くないな、と思いながら、ぼちぼちとスロットを打っているのだった。
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