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秘儀風車落とし(シロクマ文芸部×風車)

ーー風車落としって技、知ってる?人類で出来るのってきっと俺だけだと思うぜ?知りたい?

「おい、座れ、何やってんだ」

ーーえ、先生まで知らないんすか?風車落とし、俺この間見せませんでしたっけ?ほら、あの時ですよ、なんか宇宙人が攻め入ってきて、皆を扇風機に変えようとしていたでしょう?あのときに俺が宇宙人の一人に決めたじゃないですか、風車落とし

「いいから、まずは机から足を降ろせ、そしてもう片方の足も椅子から降ろして座れ」

一旦、考えてみた。
どうしてこの人たちは、こんなにも風車落としを信じてくれないのか。
それはきっと、俺がホラ吹きだからだ。
教室を支配している苔みたいなクラスメートは、探るようにじっと俺を見つめている。

もはや感情もない苔のように。

「ほら、いいから」

ーー痛いっすよ、先生、俺だって痛覚あるんですから

「羞恥心はないようだがな、いいから、こうやってお前は座ってろ、そして放課後、職員室へ来い」

既定路線っていうのかな。たまにうんざりするんだ。
生まれてきて17年?
そこいらをよちよち歩いている亀よりもまだ生きてはいないけれど。

なんというか、窮屈な枠に押し込まれているような気がしない?
AVとかもさ、最初の頃はよく見たよ。
なんていうか、ボルツマンの脳仮説くらいびっくりしたかな。
だって、男と女がくんずほぐれつってやつで、そこには粘っこいような熱がこもっているんだ。
あれだけ退屈そうに生きている大人たちがあれだけ感情、欲情爆発ってみっともなくてさ。

満員電車を想像するだろう?皆他人みたいな顔をしているんだ。
車内は人々の迷惑で沢山のクリスマスツリーの足元みたいでさ。
澄ました顔をして、服を着て、スラーっとどこかへ揺られているんだ。

それなのにセックスするんだぜ?
そういえば最近、書店で心理学の本を読んだっけ。
ペルソナがどうこうって書いてあった。
人間ってやつは、その場その場で仮面を付け替える複雑な生命体なんだと。
最終的にはセックスにしか行きつかないのにさ。

つまり、それだって決まりきったことなんだ。
こういう時は口づけをして、こういう時はまさぐって。
まるで舞台のワンシーンずつをみんなでセリフを覚えて、体を動かして、演技しているみたいに。

授業だってそう。
こうしなくてはいけない、の連続をみんなで守って均衡を保つ。
俺って、それだけの人間でしかないのかな?ってたまに思う。

だからたまに、一種の病気みたいに、誰かが読んでいる新聞をいきなり破くみたいな破天荒極まりない迷惑をかけたくなってしまうんだ。

「おい、授業終わったぞ、お前必ず職員室へくるんだぞ」

授業が終わると、どうして世界はオレンジ色なのだろう?って3秒くらい考えた。
小さい頃にも考えた気がする。
そのときは、世界は大きな提灯で、誰かが祭りをしたくなったら灯を灯すのだと思った。

今はそれが違うってわかる。
でもきっと小さい頃に考えたことが世界の真理だったに違いなかったのに。
ついさっき、手放してしまったみたいだ。

教室の四隅に落ちた影のなかから、部活動に勤しもうとするクラスメートの声が溌剌と聞こえる。

先生のところへ行かなくてはならない。
いつもは無視して帰るけれど、今日くらいは寄ってみてもいいのかもしれない。

カバンを持って1階に降りていくと、先生が職員室の前に立っていた。

「お、珍しくきたな、お前を待っているとき、いつも俺はこうやってホラ吹きのお前を待っているんだよ」

ーー胸ポケットから煙草出てますよ

「おっといかんいかん、さて屋上いくか」

ーー屋上っすか?

「世知辛い世の中でな、いいから来い」

ーーうっす

それならアンタが煙草を持って俺の教室へくればよかったじゃないか、と言いたかったが辞めた。
それは俺を呼び出したとき、先生はいつもああやって職寝室の前に立っている光景が浮かんできたからだ。

事実そうなのだろう。
腕を組んで掲示板に寄りかかって俺なんかを待っている。
変なやつだ。

ーーって屋上って出ていいんすか?

「あん?何言ってんだ、ダメに決まってんだろう」

ーーでも屋上に行くって

「見回りだよ、ただ屋上にでるわけじゃあない」

俺は見ていたけれど、先生は屋上へと繋がる階段の踊り場で煙草をくわえてそのまま火をつけた。
年季の入ったジッポライター。

「ほら、どうだ、屋上きたことあるか、ちょっと風はあるが概ね快晴」

学校を囲むように活動している様々に散っている部活動の喧騒が聞こえる。
潮騒に近くて、いつかしぼんでいってしまいそうな、ああ、そうか、そういう残滓を青春というのか。

「お前も吸うか?吸えるんだろう?」

ーー吸っていいんすか?

「ダメに決まってるだろ、俺の前で吸ってみろ、3秒以内に停学にしてやる」

どうしてか先生の顔がやんちゃに見えた。いつもの堅苦しく恐々とした表情ではない。

「お前最近、ますます、ああいうのに磨きがかかっていくな」

ーーああいうの?

「あれだよ、風車落としだ宇宙人の侵略だって騒いでいるあれ」

ーーああ、あれっすか

「フェンスに寄りかかるのはいいが、落ちるなよ」

ーーわかってますよ

「お前が変になったの、あの一件からか?おふくろさんはどうしてるんだ?」

ーーいいっすよ、その話はどうにもならないんで、それより先生

「ん?」

煙草の煙が後方に流れていく。

ーー俺のあれって先生信じてます?風車落としとか宇宙人の

「信じてるに決まってんだろ」

ーーまじっすか?なんで

「俺にとっちゃその話が本当だろうが嘘だろうがどっちでもいいんだよ、だから信じているってだけだ」

ーーどうでもいいだけじゃないっすかそれ

「そうともいえるな、けどな俺の考えでは関心の大半が邪なものだ、えーとつまりだなぁ、うーん、感覚で言うと偽善に近いやもしれん」

ーー偽善も善って言うじゃないっすか

「お、痛い所つくね、そりゃそうだ、だから先生も今自分の仕事を脇に置いてお前に偽善を尽くしてるんだ」

ーー全部言って大丈夫っすか?それ

「いいんだよ、これだって教育なんだから」

そうだ、と先生が言葉をつづけた。

「最近どうだ、学校生活とか、楽しいか?」

ーーなんすか、その当たり障りのないラジオみたいな話題

「いいから話せよ」

ーー最近の学校生活というか、世の中って言うか、つまらんっすね一言で言うと

「世の中ね、大きくきたもんだ、どうしてつまらないんだよ」

先生はもう一本タバコを吸いだした。

ーーどこを見ても同じ型ではめようとしてくる何かがあるじゃないっすか?最近の映画とかも、感動しなくちゃいけない義務感の演出だったり、イケメン美女でなくてはならないみたいな、なんか、大衆が皆そっちばっかり見てるような気がして、誰と話しても同じ事ばっかり、言ってて、やっててつまらんっす

「気持ちはわからんくもない、俺もそういう時があったし、たまにそういう気持ちになるときもあるよ」

ーーへぇ、先生でもそうなんすか

「でもな、それはカレーみたいなものだと思うんだ」

ーーカレーっすか

「お前家のカレー以外食べたことあるか?あの市販のルーのやつ」

ーー多分、ないっすね

「例えばインドのカレーはもっと辛いし、もっとスパイスが入っているし、イギリスのカレーにはなんと味がないんだぜ」

ーーそのカレーがなんなんすか?

「お前はまだ、色んなカレーを知らないんだ、そして俺もな、だから市販のカレーばっかり食べてたら、うまいけど飽きる、そしたら他のカレーも食べてみる、そうやって自分が見えている範囲のすそ野を広げていくしかないんだな、それをしていない人間の退屈は、退屈というよりは、無知だな」

ーーわりといいこといいますね、そんじゃあ俺は今度ロシアのAVでも見てますよ

「カレーの話が台無しだな、まぁ俺も独身だ、帰ったら見てみるかな」

半年前に先生と話した時も大体似たような会話をした。
するつもりもない話をいつの間にかしている。

そういえば、俺はこの人に怒られたことがない。
どれだけ授業妨害をしても、一度も怒られたことがない。

それはどうしてなのだろう?
聞いてみるか。

「そうだ、言い忘れていた、先生も実は風車落としの使いてなんだよ」

ーーそんなもんないっすよ

また今度でいいや、
もう少し、大人になるまで時間はあるんだ。


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久し振りに参加させて頂きます。

これからはも少し時間を使って書いていきないなぁなんて。



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