「学生の本分を全うした18年間だった」先生を目指したことは一度もなかった理由
皆さん、こんばんは。山崎美穂です。
最近は周りに育児をしている友人も多くなり、子育てや教育について話す機会が増えました。自分にとってはまだどこか他人事で、あまり考えてこなかった部分ではありますが、友人と話せば話すほど、人によって意見や方針が様々なのが面白いなと感じています。
今日は今まで教育を受ける中で感じてきたことや今改めて思うことを書いていきます。
①そもそも教育とは?
『教育』という言葉はよく使われる言葉ではありながら、明確な定義が自分でもわからず、改めて定義を調べてみました。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると下記の通りです。
案の定、あまりに広義であり多義な言葉です。
ここでは言葉の意味を議論するというよりも、自分自身の経験から感じている教育の価値や考えについて話していきます。
②18年間にわたる教育を受けて
自分自身の人生を振り返ると、いたって真面目に過ごした学生生活でした。
両親の愛情と子育てのおかげで、自他ともに認める健康優良児で、だいたいクラスに数人はいるような1年間を通じてやたら半袖半ズボンの時期が長めな小学生でした。食べ物の好き嫌いやアレルギーもなく、給食は何の不満もなく美味しくいただきました。大きなケガをしたこともなければ、入院や手術もしたことがありません。中学校も高校も恐らく皆勤賞に近い状態だったと記憶しています。結果として大学院まで通ったので、小学校から計算しても18年間教育を受けたことになります。
加えて塾も小学校5年生から高校3年間までずっと通っていたので、日本の教育にはどっぷり浸かってきた生き方だと思います。
③教育大附属高校に通って
通っていた高校は教育大附属だったこともあり、教育実習生が毎年来ていました。生徒はある意味、実習生の受け入れ慣れをしているので、特に珍しさもなく騒ぐこともなく、毎年の季節の行事のように過ぎていくような状況でした。当時、高校生だった自分からすると、大学生である教育実習生は大人にも見えましたが、自分自身も大学生を経験して、今振り返って思うと、教育実習生もドキドキしながら教育実習に臨んでいたのだと思います。
同級生の中には、教育実習生と毎回仲良くなり、次第に自分も同じように教職を目指すようになる人もいました。それを横目にみながら、自分自身は先生を目指したことは一度もなかったように思います。
まとめ
そんな風に日本教育にどっぷり浸かり、そして教育実習生にも沢山触れてきまたにも関わらず、自分は人生を通じて「先生になりたい」と思ったことがない理由はなんなのか?それを今回改めて考えてみました。
その理由としていきついたのは、
「人の成長よりも、自分の成長に夢中だった」
ということです。
例えば、もし中学校の数学の先生になったとすると、『ずっと同じ内容の勉強を毎年、生徒に教え続けなければならないなんてつまらない』『生徒は成長するかもしれないが、そこに自分自身の成長はあるのか』と感じていたのだと思います。(未熟な学生時代の推測なのでお許しください。)
『人を成長させるより、まずは自分が成長したい』
ある意味、いつも目の前の受験に追われていた状態だったので、自分自身の成長のみにフォーカスしていた学生時代だったのだと思います。
そして『学生の本分は勉強』といいますが、そんな環境を用意してくれた両親に今は感謝しかありません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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