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メロン・メロン・メロン

ケンカをした。夏の日だった。

母親はかき氷を作ってくれたが、イチゴシロップしかなかったことに腹を立てたのだ。小さな私は、メロンシロップを強く切望し、あの涼しげな瓶に詰められた緑の液体がないことに全く耐えられなかったのだ。

当然そんなワガママが通るはずもなく、しかしガンとして譲らない私に母も堪忍袋の緒が切れたようで、

「そんなに欲しいんなら自分で買ってきなさい!」

とやり返したのだった。

こんな最悪の前振りから始まったのが、私の初めてのおつかいである。
当時愛用していた小さなおもちゃ入れに小銭を入れたものを手に握り締めて、意気揚々と歩き出した…は良いものの、開始早々とんでもないミスを犯す。

自宅から一番近いスーパーAは、幼稚園生の足でも歩いて10分程度の場所にあるのだが、メロンシロップを求める彼は全然検討違いの方向に歩いてしまった。その方向にもスーパーBがあるのだが、恐らく片道30分以上かかる道のりである。
冷静に考えればもっと効率よく、そこまで労力なく出来ることも、「メロンシロップ」という目的が先に来るとプロセスが疎かになってしまうアレである。皆さんもないだろうか。私は今でもある。三つ子の魂百までも、とはよく言ったものだ。

閑話休題

さて、どうやら彼は30分かけてスーパーBに辿り着いたようだ。炎天下の中よく歩いたもんだ。歩いた当人はびっくりするくらい道中のことを覚えていない。プロセスが疎かになることは人を強くする側面もあるのかもしれない。

スーパーに到着してあの緑の瓶を探すのだが、一向に見つからない。それもそうだ。買い物なんてしたこともないし、どこに何があるかなんてわからない。売場の案内なんて大体漢字で書いてあって読めないし、全ての商品は高い棚の上だ。子ども視点なんて考えて作られていない。

ちびっ子なりにどんなに探しても見当たらなくなって不安や焦りが押し寄せてきたのかもしれない。ただ、当時の私は早々に次の一手を打った。

「すみません、かき氷にかける、メロンのやつはどこですか?」

そう、尋ねたのだ。驚くほどのコミュ力である。
大人の自分は売場で目的のものがなくても、恥ずかしさが勝って人に尋ねるなんて早々出来ないのだが、当時の自分は違ったらしい。発達過程で羞恥心ばかり大きくなって、コミュ力は退化してしまったようだ。

しかも、である。

通常こういう場合は店員さんに尋ねるか、なんとなく話しやすい母親のような人に声をかけるだろう。
何を考えたのかーーおそらく何も考えてないというか、やっぱりメロンシロップのことしか頭になかったのだろうーー男性に声をかけたのである。恐らく2〜30代の、比較的若い男性である。「え?この子、俺に声掛けてる?」とギョッと驚いて、買い物かごを手に持って固まったままのお兄さんの顔を今でもよく覚えている。お兄さんからすると、シックスセンスのオスメントくんが見えてしまったような感覚だったかもしれない。驚かせてごめんよお兄さん。

しかして、当時の自分の観察眼…なのか、剛運なのか、メロンシロップの妖精の思し召しか、そのお兄さんはとっても親切な人で、売場までちゃんと連れて行ってくれた。それまでどんなに探しても決して見つからなかったあの緑の瓶たちが、これでもかと山積みになっていて、それらを切望していた私はたまらなく嬉しかったことを覚えている。

家の冷蔵庫には赤い瓶しかなかったけど、ほらみろ、ここにはこんなにあるじゃないか。そんなことを内心呟きながら。

スーパーの袋にメロンシロップとお財布を入れて家路に戻る。そしてやっぱり当時の自分の目に狂いはなく、このお兄さんはあろうことか家まで送ってくれたのだった。道中の記憶はこれまたほとんどないが、家に一番近い信号付きの十字路まで来たところで、自分は真っ直ぐ進み、お兄さんは右に曲がっていく形でお別れをしたのだった。

そんなこんなで1時間以上の大冒険だったわけだが、家で待つ母親はそんなことつゆ知らず、である。なんならスーパーAに行って帰ってくることを考えると30分も掛からないだろうと踏んでいたのが、1時間以上も帰ってこないのだ。
ワガママだったとは言え、子どもに対して強く言い過ぎたことへの後悔が募り出したところに、予想だにしない時間までのしかかった結果、母は激しく狼狽え、警察への通報すら考えたらしい。

そんなところにまるでノーテンキな顔して、なんならおそらく「これでやっとメロンのかき氷にありつけるねぇ」みたいなテンションで帰ってきたのである。
母はぶっ叩きたい気持ちを抑えつつ、私の名前を叫びつつ泣きながら抱きしめた、と当時を振り返っている。その母の様子にようやく何かを察したのか、母の涙につられたのか、もしくは、メロンシロップを手に入れるという崇高な目的に追いやられてきちんと認識できなかった疲れや不安や心細さ、ワガママを言ったことへの後悔(と書いてみたが、メロンシロップで頭がいっぱいなわたしにそこまで高尚な心の動きはなかったと思う)などがどっと押し寄せたのか、私も号泣。

こうして、メロンシロップを探し求めた初めてのおつかいは幕を閉じたのであった。



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