【第8回】雲を紡ぐ(伊吹有喜/文藝春秋)―読書感想【高校生直木賞】

「本当に自分のことを知っているか?何が好きだ?どんな色、どんな感触、どんな味や音、香りが好きだ。何をするとお前の心は喜ぶ?心の底からわくわくするものは何だ」
「雲を紡ぐ」より

主人公美緒を軸に、切れかけていた様々な親子の糸が撚り合う物語――。
第8回高校生直木賞受賞作「雲を紡ぐ」を読みました。

「雲を紡ぐ」あらすじ


高校生の美緒は、学校でのいじめが元で不登校となり部屋に引きこもった生活を送っている。

生まれたばかりの時、父方の祖父母から送られたホームスパンの赤いショールを被ってベッドで丸くなっているのだ。

教師をしている美緒の母親は、将来のためにと言って早く学校に行かせようとするが、美緒は行く気が起きない。

それでも、お腹の具合が悪いのを押して登校しようとした美緒だったが、途中で帰ってきてしまった。

帰宅した美緒を待っているはずの赤いショールがどこにも見当たらない。母親が捨ててしまったらしいのだ。

限界を感じた美緒は、岩手に住む父方の祖父のもとへ一人向かった。

周囲に怯えかたくなになってしまった美緒。その心がゆっくりとほぐれ、成長していく様を、そして周囲の様々な親子の姿を、主人公美緒と父広志の視点から描いている。

「雲を紡ぐ」感想

学校でのいじめ、自宅ではぎくしゃくした親子関係に限界を感じた美緒は岩手のおじいちゃんのところへ行きます。

突然来た美緒をおじいちゃんは黙って受け入れ、ここにいて良いと言ってくれる。

でも、美緒は状況や感情を上手く言葉に出来ないタイプなので、多くは語っていません。

しかし、美緒の様子や少ない言葉から、おじいちゃんはいろいろ察してくれたのです。

もう一人の視点者、美緒の父広志も美緒と似たタイプ。広志の遺伝子が出ているのですかね。

対して美緒の母真紀は、何でもはっきりと言い、何も言わない(言えない)美緒に苛立ちを感じています。
その母親、つまり美緒の母方のおばあちゃんも同じタイプ。

二人は美緒をどうにか学校に行かせようとするんだけど、どうも美緒のことをしっかりと見ないであーだこーだと決めつけてかかるんですね。

当然そんな二人の行動に美緒は癒やされる訳もなく、かえってストレスになってしまいます。

これらの家族関係が、この物語の基盤となります。

私は美緒の性分に近いので、序盤の母親とおばあちゃんには本当に”うぜぇ”と思いました。
岩手に行って正解だわと。

ただ、年齢的には母真紀さん側で、徐々にバックグラウンドが分かってくるとちょっと同情しました。真紀さんは教師なんだけど、その仕事もトラブルを抱えておりなおかつ子育てもつまづき中。

性格が災いして、子供、そして夫との仲が険悪。家庭は崩壊寸前です。

本作では美緒の成長が主な物語ですが、それを軸として様々な親子の姿が描かれています。

美緒と父広志、美緒と母真紀、広志と父絋治郎、真紀と母、親戚の裕子と息子太一。

それぞれにそれぞれの世界があり葛藤や対立もあるけれど、ゆっくりと苦難を乗り越えていきます。美緒が織り上げる布のように。

本作は主人公が高校生。高校生直木賞も受賞し、高校生の共感が多かった作品ですが、美緒の親世代、そしておじいちゃんおばあちゃん世代にもおすすめ出来ます。

美緒世代は学校や家庭の人間関係、親世代はリストラなど仕事問題や子育て問題、そしておじいちゃんおばあちゃん世代は家業をどうするか、施設に入るか問題など。

各世代それぞれの悩みが描かれています。

”若い子”だけにとどまらず、中高年の方にもぜひ読んで頂きたい一冊ですね。

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