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書籍「ある男」レビュー

どうも、P子です。
今日は平野啓一郎さんの「ある男」という本について。
ずっと平野さんを読んでみようと思いながら遠のいていたんですが、
今年石川慶監督で映画公開されるとのことで文庫版が出ていて手にとりました。

(あらすじ)
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。
ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。
人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品。
(https://k-hirano.com/a-manより引用)


物語は主人公の城戸ではなく、里枝という女性の話からはじまります。
「不運なことがあったらきっとすぐ良いことがある」と言ったりしますが、父を亡くし、子どもを病気で亡くし、その子どもの治療を巡って夫とすれ違い離婚するという、誰が聞いても不憫すぎることが立て続けに起こってしまう。故郷の宮崎に戻って文房具屋を営むそんな彼女の前に、「谷口大祐」という男が現れます。
林業で生計を立てたいと街に越してきた無口で不器用な男性でしたが、絵を描いていて(中学生みたいな絵)画材を買いに定期的に客としてくるようになり、次第に打ち解けていき、結婚、そして子供も生まれて幸せな日々を過ごしていたのに、仕事の事故で亡くなってしまいます。
「谷口大祐」は家族と縁を切っていて、生きているうちに和解させてやりたかったと思っていた里枝は、1周期を迎えて家族に連絡すると、まったくの別人だったことが判明。かつて離婚調停のときの代理人であった弁護士の城戸章良に依頼し、城戸はこの男が何ものだったのかを調査することになる。


この小説は、亡くなった“X”が誰なのかを追うミステリーでありますが、
同時に主人公の城戸がその過程で自分を見つめ直す物語でもあります。
真相が明らかになるにつれ、彼自身の生い立ちがわかり、
彼がなぜ「谷口大祐」として生きたのか、生きなければならなかったのか、
そして関係者の証言から彼の人物像が浮かび上がってくるんですが
その描写がとにかくすごく良くって。
証言から生涯抱え続ける彼の傷みと、それでも生きようともがいている様が思い浮かんでくるし、周りの悪気はなく一生懸命な想いで苦しんだりしていて、ある一章は涙なしに読めなかったです。

調査をすすめる城戸自身“X”という男について調べるうち、
彼の傷みに触れることによって、自分を見つめ直し、
直視できなかった彼自身や家族の問題に少しずつ向き合おうとしていきます。読みながら、Xとも城戸とも全く違う人生であるのに、すごくこの城戸の心情に共感してしまう自分がいました。

愛した人が聞いていた過去は全て嘘でまったくの別人だとしても愛せるのか。その「〇〇」であることや過去が重要なのか。
何をもって愛していたのか。
愛がテーマでもあり、里枝と“X”という軸がありながら、
城戸とその家族、里枝の家族のその後、大祐と元恋人の美涼、、過去現在さまざまな愛についても描かれていて読みながら考えさせられました。
戸籍というものは一体なんなんだろう。
最後の、Xがいなくなったあとの里枝と息子の章も、とてもじんわりくるものがありました。

「自分が自分でなかったら」とは、誰しも多かれ少なかれ考えたことがあるのではないでしょうか。
難しい表現や文学や音楽知識が出てきたり、さらっと読めるものではないけれど、ミステリーとしても楽しめますし、文章が美しく、
そして「自分だったらどうか」と様々なことを深く考えさせられる、
とても読み応えのある作品です。


ちょっと本から逸れるんですが、
この作品にギリシャ神話ナルキッソスと妖精エコーの話が出てくるんですが
最近行った美術館でエコーの姿が描かれた器を観たばかりだったんです。
映画とか本とか、「これどうしてもみなきゃ!」みたいな時があって、
みてみると今の自分にすごく必要だったな、とか
全然違う作品なんだけどどこかでリンクことがあったり、
作品に導かれたような感覚を覚える時がありまして。
ここで紹介したものもいつか、読んでくれた人が手にとってそう感じてもらえることがあったらなんだか嬉しいなぁと思ったりします。


平野啓一郎さんの「ある男」。
家時間も増える今、未読の方はぜひ読んでみて欲しい一冊です。


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