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映画『ヤジと民主主義』鑑賞

2024年は1月1日から能登半島地震にはじまり、羽田でのJALと海保の衝突事故等毎日酷いニュースが続き、気分が落ち着かない。この映画『ヤジと民主主義』は観に行くつもりでいたものの、迷っていたが、監督とプチ鹿島さんのゲストトークがあるということでポレポレ東中野に行ってきた。

ドキュメンタリー好きではあるが、ドキュメンタリー映画のキツイところは、酷い事実をみせられたときに過剰反応してしまい、こちらの気持ちも落ち込んでしまうことだ。

この映画は安倍元首相が選挙の応援演説に入った際に、群衆の中にぽつぽつと点在していた「個人」が反安倍のヤジをとばした瞬間に制服・私服警官に取り囲まれ強制的に排除された事案を扱ったものだ。予告編で観るよりも映画は衝撃的だ。こんなことが先進国の日本で、民主主義国家とあたり前のように教えられている日本で行われていたとは信じられないほどのショックで過呼吸をおこすのではないかと思ったほどだ。
香港の若者に対して中国政府がしたことと同じではないか。完全な言論弾圧であり、ここは中国なのか?と唖然とした。

法に基づいて執行を行うはずの警察が法的根拠もなく個人の言動を封殺し強制排除する。事実を捻じ曲げ印象操作するような動画も作成している。組織防衛という面もあるのかもしれない。自浄作用などは期待できないだろう。検察も正義の味方ではない。だからこそ、三権分立で裁判という司法の場では権力の監視を行い権力が変な方向にむかわない抑止が必要だ。
今は権力の監視でなく国民の監視に向かっている。弱者はますます弱者となり切り捨てられていく。
能登半島地震の対応をみても国や県の対応が遅いから皆心配し、怒っているのに、行動する人への批判ばかりが目立つ。批判している人たちは次は見捨てられるのは自分たちかもしれないという想像力は働かないのだろうか。

右左、意識高い系など関係なく、すべての日本人に観てほしい映画だ。
異なる意見を排除するのではなく、対話を続けるのが民主主義だろう。それは右左中道と思想によらない。
批判を受けるのは誰だって嫌なものだが、意見の封じ込めや無視ではなく
対話する努力を忘れないようにしよう。これは国など大きなものに対してだけでなく会社や学校など身近な自分の周りでも同じことがいえる。

ここで鴻上尚史さんがご自身のXに世間と社会に対しての興味深いエッセーを載せているので紹介したい。

そして、映画の冒頭にもでてきたマルティン・メーラー牧師の言葉を。
諦めずに声をあげよう。小さな声が繋がって大きくなるように。

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