見出し画像

アトツギの挑戦#8「脱・下請け」を掲げ、世界を目指す溶接士

新規事業や組織改革に取り組む筑後地区のアトツギ経営者にフォーカスする「ネクストリーダーズ」
第8回は、久留米市にある町工場を取り上げます。創業から40年、主に企業向けの配管施工を手がけてきた会社が、新たな領域の商品開発に取り組んでいます。
変化・開拓の真っ只中にあるアトツギの挑戦です。


町工場待望の自社製品

弦楽器・チェロの関連部品で「エンドピンストッパー」と呼ばれる物をご存知だろうか?
下図の赤で印を付けた部分がそれだ。

床に立ててチェロを支える「エンドピン」を固定する器具で、金属製や木製など様々な素材のものが出回っている。
このニッチなパーツに目を付けた溶接士が、有限会社 渕上熔接の2代目・渕上貴之さん。

渕上さんが開発したストッパー「Ultima(ウルティマ)」は昨年、発売してすぐに「福岡デザインアワード」で金賞を獲得した。
(福岡県産業デザイン協議会・福岡県が主催。優れたデザインと市場性を兼ね備えた商品に贈られる)
https://award.fida.jp/fda2023_prize.html

1個4万5,000円(税別)だが、テスト販売や試作品の提供も含めて1年間で50個以上を供給してきた。(6月現在)

商品開発のきっかけは、長年趣味で続けていたドラムだった。

ある演奏会でプロのチェロ奏者と共演した際、ものづくりの仕事をしていることを伝えると「チェロの音を良くするものを作れないか」と持ちかけられた。

「好きで続けてきた音楽に、自分の溶接技能を生かせるかもしれない」

渕上熔接では創業以来、企業や行政から受注する配管工事が売上のほとんどを占めていた。

「請負工事だけに頼らず、自社製品を持つこと」を目標にしてきた渕上さんにとって、楽器関連の話は大きなチャンスだった。実現できれば、初めてのB to Cの商材となる。

そして、商品の試作を繰り返しているさなか、新型コロナが流行した。


コロナ禍が開発のモチベーションに

集団で演奏の練習ができない中、渕上さんは「自宅でもホール並みの音響環境を提供できるストッパーをつくりたい」と考えた。

滑り止め・床の傷防止といった機能を果たすエンドピンストッパーだが、実は同時に振動を床に伝えて響きを増幅させるという重要な役割も担っているのだ。
「楽器の一部」と言っても過言ではない。

渕上さんは、九州大学大学院・芸術工学研究院との共同研究も実現させ、音響効果、周波数測定など、数値的な裏付けもとれたストッパーの開発に漕ぎつけた。
開発スタートから5年近くかかった。

音楽関係者・学者からも高い評価

Ultimaはデザインアワードでの受賞や音楽関係者の口コミで少しずつ知名度が高まり、わずか1年で世界的な楽団のチェロ奏者が使用するまでになったという。

また、物理学の権威、東京工業大学の伊賀健一栄誉教授・元学長からも「物理学的にも理にかなっている、世界一小さな演奏台」とのお墨付きをもらった。

渕上さん
「今後は、海外に向けてもMade in KURUMEのエンドピンストッパーを打ち出していきたい」


「脱・下請け」がアトツギのスローガン

渕上さん
「2008年のリーマンショックで配管工事の受注が激減した時からずっと、自社製品を持ちたいと思っていましたが、溶接に関する物となると、なかなか厳しくて・・・」

趣味の音楽がきっかけで、偶然誕生したようにも見える自社製品だが、リーマンショックからUltimaが誕生するまでの15年間、渕上さんは様々な「種まき」を地道に続けていた。

自社製品を持つということは、言い換えれば「脱・下請け」に生まれ変わることだった。

渕上さんの「脱・下請け」に向けた取り組み
・28歳で大学入学 (2009年)
 久留米工業大学・大学院で6年間、電気工事や機械加工、空力デザインなど、溶接以外の分野を学ぶ
→ 配管工事に付随する別の工事も扱えるようになり、自発的な提案が可能に

・「企業向け・教育機関向けの溶接セミナー」を始める(2012年)
 企業秘密にしていた自社の技術をあえてオープンにする「溶接セミナー」の実施
→ セミナーが工事案件の獲得に結びつく
→ 講師資格を取ったことで大学での非常勤講師の仕事も舞い込むように

渕上さん
「家業に専念したかったんですが、将来を見据えて大学で講師をすることにしました。すると、"ただの町工場”という見方をされなくなり、色んな受注案件が少しずつ増えました。それがきっかけで、工業高校の非常勤講師の仕事もやっていくことになりました」

渕上さんの「学び直し」や「若者への指導」は今になって、「人材採用」という思わぬ形でも返ってきた。
技術者を募集したところ、大学院時代の研究仲間やセミナーの教え子が立て続けに入社を決め、今年に入って3人の若手を会社に迎え入れることになったのだ。

2代目の難しさ:技術を継承しつつ、アップデートを図る

一方で、なかなか周囲の理解を得られない時期もあった。

渕上さん
「28歳で大学に行ったので、元請さんからは『2代目は後を継がないのではないか』と言われましたし、『音大に行った』などと、事実と全然違う噂をされたこともありました。『いい物を作っていれば営業なんて必要ない』という職人タイプの父親とも、何度も衝突しました」

職人気質の父から引き継いだ技術を生かしつつ、地道な種まきを続けてきた渕上さん。

黙々と工場でものづくりに専念する先代とは違い、自発的に外と関わり技術力を発信することでチャンスを引き寄せてきた。


次の一手、アウトドア領域へ

積極的な発信が、また新たなビジネスチャンスを生んだ。
昨年2月、「エンドピンストッパー販売の全国展開」というテーマで登壇したビジネスプランコンテストがきっかけで、福岡県が主催する「ISSIN ※」への参加が決まった。

開発したのはフィッシングボックス。
運ぶ・並べる・捌く・調理するといった、釣りに必要な機能を一つの箱に集約した商品だ。

ボックスは現在、電話やメールで直接注文することができる。

※世界で通用する商品を誕生させるべく、福岡県が家業後継者の商品開発などを支援するプログラム。名だたる企業経営者がアドバイザーを務め、クラウドファンディングによる資金調達を目指す。

渕上さん
「昔のうちを知っている方からは『別の会社になったみたい』と言われます。今後は、B to Cの商品の売上を全体の半分程まで増やしていきたいです」

自社商品を立て続けにリリースした渕上熔接は、工場も新設し拡大期に入った。
磨いてきた確かな技術を新しいメンバーに引き継ぎながら、更なる進化を続けている。

モトムットは筑後地区で新しいチャレンジを続ける企業を応援しています。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?