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織りなす詩おり。



ご契約者さまでしょうか?

「いえ、違います。」



淡々とした仕事。
いや、そうだろうか。
わたしたちには魂が通っている。




凛とした声を受け取った。

「いえ、母親です」


品がありながらも、
どこかで殺気づいているようにも感じ取れる低音。
そこに感情はなく揺るぎがない。


わたしのすべての問いに彼女は美しい姿勢を崩さなかった。声だけのやりとりなのに。


額に悲痛な曇りを帯びた。
彼女の切り傷がわたしの額に触れた。
おそるおそる伺うのは仕事だから。




ご契約者さまの御了承のもと...

「本人、死亡したんで、



一度魂は抜けた。
とりあえず戻したみたいな。

魂が抜けた生きものみたいな声から
凛然とした声を淡々と。

憐れみの感情が胸をしめつけた。


ご契約者さまのお名前をお伺いできますで...


「.....です」



名前というのは親が最初に子供にあげるプレゼント。

それよりもわたしが常々日々感じるのは
その名前に親を見る。
人の名前を聞いたり目にしたとき、
はじめに本人の親が映る。

親の想いとセンス、
何より親の生き様を感じるのだ。

わたしは彼女から伺った
彼女の子供の名前とその漢字に震えた。


センスがよくって知的。
彼女の好きなもの、生き方生き様、
子供の幸せと個性を大切にした素敵な名前でした。



本人は逝去したので、
本人は亡くなったので、
そんな伝え方をされるときは
電話口の方の高齢の親だったりすることが多いし、
何より、想いに決着がついての言葉なのだ。



「死亡したんで、


この強くて揺るがない声に
意志と意思を同時にキャッチした。

わたしは少しだけ彼女の子供である
「死亡した、
今までの履歴を確認した。
最近まで生きていたと見られる情報が確認できた。


彼女は
「死亡したんで、
それによる手続きのための電話をした。

電話を受けたわたしは仕事上の受付、
そこに過剰な言葉はのせる必要がない。


5分にも満たない会話のクロージングに
わたしは精一杯の何かをみつけようとしていた。



「お忙しいなか、お電話をいただき
ありがとうございました。」

数秒で終えることのできる文言。
何倍も時間をかけ、彼女に伝えた。

するとお客さまである彼女は、
ゆっくりとわたしにこう伝えた。




「ありがとうございました」


彼女の声ははじめて揺らぎ、
やさしさを感じたクロージングだった。




わたしは午前中に1回しか取れない小休憩を
勝手に2回にしトイレへ行き溜まっていた
涙を出した。



素敵な名前だった。
今までもこれからも。


ご冥福をお祈りします。



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