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漫画版『仮面ライダー』はマイナンバーを予言したか

石ノ森章太郎の漫画版『仮面ライダー』の終盤では、日本政府が計画していた番号制度「コード制」をショッカーが悪用し、国民を洗脳しようとしていたことが明らかになる。この計画は10月計画と呼ばれ、マイナンバーの通知カードの初発送が2015年の10月だったこともあってか、予言ではないかと度々話題となっている。

このように漫画が未来を予言したのではないか?と語られることはよくある。有名なのが大友克洋の『AKIRA』だ。第二巻に登場する「東京オリンピック 開催迄あと147日」と書かれた看板、その下に小さく「中止だ 中止」の文言、第三巻に次巻の予告として新聞形式で「WHO、伝染病対策を非難」の記事などの描写から、2020年の東京オリンピックとコロナ禍によるその延期(中止との違いはあれど)を予言したのではないかという話は有名だろう。

しかし、これは予言でもなんでもない。翌年にオリンピックを控えた2019年という時代設定は、雑誌連載が開始された1982年が、第二次世界大戦の終結から37年後だったのをそのまま当てはめただけだし、伝染病に関しても、よく見れば「赤痢、コレラ」と書いてある。これらの病気は1964年に流行していたもので、単に東京オリンピック開催当時の時代状況を反映させただけだ。

『AKIRA』と同じく漫画版『仮面ライダー』のマイナンバーに関する予言もまた、時代状況の反映に過ぎない。なぜなら雑誌連載が開始された1971年にも、番号制度の導入が進められていたからだ。

そんなリアル「コード制」の計画が動き出したのは、1970年2月のこと。行政管理庁の「七省庁電算機利用打合せ会議」が「行政情報処理高度化に関する運営方針」を決定。その中で設けられた「事務処理用統一個人コード設定の推進」という項目がその雛形となる。そして、同年3月には大蔵、郵政、自治、運輸、厚生、労働、法務の各省課長クラスを中心に 「各省庁統一個人コード連絡研究会議」を設置、検討を開始。71年度末までに原案を作成し、72年4月から全面実施する予定となっていた。

以上が漫画版『仮面ライダー』で「コード制」が描かれた時代背景だが、では、その「事務処理用統一個人コード」は当時の世論にどう受け止められたのか。

例えば、1970年2月18日、サンケイ新聞が千人の一般国民を対象に行ったアンケートによれば、賛成が32.4%、反対が39.1%、どちらともいえないが28.8%と、反対が賛成をやや上回る結果になっている。その理由については、「親からもらった名前があるのに、役所から"番号づけ"されるのは不愉快」が最も多く、他にも「SF小説のタネにあるように、私生活の秘密がのぞかれる心配がある」といったものが挙がるなど、統制に対して感覚的に反発を抱く意見が散見された。この記事の調査結果に寄せられた、小松左京の「政府の手に個人の情報が集まりすぎる恐れがあるから反対」というコメントにもそうした不安が見て取れる。

1974年10月4日には、朝日新聞が「国民総背番号制、来春より実施」という見出しで報道。いよいよ番号制度が現実のものになるかと思われたが、反対運動への配慮や、技術的な問題が未解決であること、各省庁の間での意見調節がつかないことなどの理由によって、いったん75年まで延期される。その後、「国民総背番号制に反対し、プライバシーを守る中央会議」の発足などもあり、再度無期延期が決定。「事務処理用統一個人コード」の導入は事実上廃止となる。

このように、統制化が進み、プライバシーが脅かされるのではないか?といった反発もあり、「事務処理用統一個人コード」の施行は立ち消えになる。漫画版『仮面ライダー』の10月計画は予言というより、そうした恐怖が現実と化したらどうなるか?を描いたものだったと言えるだろう。

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