書籍「マーケティングの新しい基本」に学ぶ登山アプリYAMAPの真骨頂
奥谷孝司さん、岩井琢磨さんによる共著「マーケティングの新しい基本」に関する解説記事を公開させて頂きました。
同書の中で、いくつかの国内成功事例を紹介されていたのですが、登山アプリYAMAPの事例が特に興味深かったので深堀りさせて頂きます。
ヤマップは、2013年に春山慶彦氏によりサービスを開始した登山地図アプリ。電波が届かない山の中でも、スマートフォンのGPSで現在地と登山ルートがわかることが特徴。山歩きの軌跡や写真を活動記録として残したり、山の情報収集に活用したり、全国の登山好きと交流したりすることもできる、日本最大級の登山、アウトドアプラットフォームです。
アプリは、2024年9月時点で累計460万ダウンロードを突破。登山人口は650万人と言われる中、約70%のカバー率を誇ることになります。
神奈川県、富山県、新潟県等の自治体と遭難防止に関する協定を締結し、安全登山啓発に努めています。また、2024年5月には、ヤマップネイチャランス損害保険という保険会社を設立。ビッグデータを活用した、新しい損害保険商品の提供を開始しました。
以下、書籍の中で紹介されている事例となります。
ヤマップは、オフラインでも使用できる特徴を活かし、みまもり機能等、当初より安全登山啓発に注力してきました。
また、地図機能だけでなく、自分が通ったルートや標高を記録でき、撮影写真をアルバム化することもできるので、人生の登山日記のようなアプリと言えます。
代表の春山氏は、創業当初からカスタマーサポートを事業における最重要事項と位置づけて来ました。
顧客の声こそが、企業にとっての最大の資産などということは、良く聞く言葉ですが、実際に実践しているところは少ない。競争力にまで高めている企業はもっと少ない。顧客接点が顧客とのつながりを築くことを知るヤマップは、このことを徹底的に実践しています。
もうひとつ、ヤマップを特徴づけるのが、ヤマッパーの会と呼ばれるユーザーオフ会の存在。ユーザーが自らをヤマッパーと呼び、ユーザー同士が集まって交わりを深める会が、全国で随時開催されています。これらはユーザー主導で開催、運営され、春山代表以下の社員は招待される形で参加しています。
ヤマップはEC事業も展開しています。顧客IDを通じて、オンライン、オフライン双方での顧客行動を把握可能。事前にどんな登山計画を立てているのか、実際にどんな山に登ったのか、その後にどの様な日記を投稿したのかという一連の顧客行動を把握できます。
ヤマップがEC事業で目指しているのは、顧客とのつながりを通した優れた登山体験の提供であり、その先のコミュニティビジネスこそがヤマップの真骨頂なのです。
築き上げた顧客とのつながりに基づいて顧客行動を理解し、最適な商品サービスを開発し、顧客接点を通して直接的かつタイムリーに提案する。ヤマップのこのモデルの強みが活きたのが、まさにコロナ禍で多くの顧客が外出すらままならない状況に陥った時でした。
コロナ禍では登山も感染リスクがあるとの認識が広まり、山に行く人は大きく減少した。登山という行動自体が減ることは、それに寄り添うヤマップにとっては経営危機と言える状況でした。
そこでヤマップの顧客データが本領を発揮します。遠くの山まで行き1泊するのではなく近くの低山へ日帰りで行くという行動シフトの兆候が見られたのです。
それに基づき、バックパックの売れ筋が、低山日帰り登山に適した小容量タイプに移行するのではとの予測を立てました。いち早く小型バックパックの商品在庫を確保し、ヤマップストアを通じて顧客に直接提案を行ったところ、その後に低山登山へのシフトは決定的なものになり、商品在庫を潤沢に確保していたことで、目標対比5倍の販売を実現できました。
この成果をもたらしたのは、商品の売れ行きが低迷したコロナ禍に、やみくもに顧客にプロモーションメールを送ったり、セールスコールを何度もかけたりした一部の通販他社とは本質的に異なる顧客データへの姿勢です。顧客データを、顧客を追い回すために使うのではなく、いま何が求められているかを理解し、提案を最適化するために活用したのです。
また、ウェブメディアに掲載されたヤマップ小野寺氏のインタビュー記事では、本事例と共に、以下のようなユニークな施策も紹介されています。
本事例が示唆しているのは、年齢や性別などのデモグラフィックデータを持っていなくても、歩くスピードという行動データがわかるだけで、広告効率を上げることができるということ。
小野寺氏は、最も大切なのは行動を把握できるアクティブリストの存在と述べています。行動属性をリストにすることで、カスタマーエクスペリエンスを高めることができ、よりユーザーにとって価値の高い施策を打つことができるという書籍の内容にも符号する事例として紹介しました。
同インタビューの中で、ヤマップのフィールドメモ機能についても、詳しく解説されています。
フィールドメモ機能は、登山者同士の共助を促す仕組みです。ユーザーは、登山道の中で迷いやすいと思った地点に地図上でマークを打ち、写真を投稿したりコメントをつけたりすることができます。
すると、そこが道迷いの危険箇所としてシェアされ、次の登山者のための役立つ情報となります。自分が投稿したフィールドメモが、役に立ったという他者からのフィードバックが来ると、それもまた登山者の励みになるという仕組みです。
本機能も、顧客とのつながりを価値の中心におくヤマップを象徴するものと言えます。
2022年8月のニュースピックスのインタビュー記事で、春山代表は以下の通り語っています。
と言いつつ、それでは事業継続できないので、実際は4つのマネタイズポイントを設けています。
1.アプリの有料会員。
アプリ課金は当初、アクティブユーザーの3〜5%を目標としていたが、インタビュー時点(2022年8月)で20%に相当する12万人の課金ユーザーを獲得。ここには、ヤマップを応援したいという行動も、相当数、含まれていると思われます。
2.登山に特化した保険。
とこの時点で春山代表が語っていたのですが、実際に、2024年に保険会社を設立しました。
3.EC事業、ヤマップストア。
自分たちが使って本当にユーザーにおすすめできるものを、目利きして仕入れて売るというコンセプトで運営。
ヤマップストアの顧客単価は平均13,000円と他のECサイトに比べても高い。一方、ユーザー率は5%程度なので、伸びしろは大きい。
4.メディア広告事業
登山やアウトドアでブランディングしたい民間企業や、観光を盛り上げたい自治体のお手伝いをしながら、収益を得ていく。
同記事で春山代表は、ここまで累計20億円以上の出資を受け、サービスが先、利益は後というスタンスで事業継続してこれた。だからこそ、出資者への恩返しとして上場はマストと考えていると語っています。
ヤマップ事例の深堀りは、以上となります。登山人口を増やしたいという大義がベースにあり、安全登山を啓発しつつ、ユーザー同士が繋がれる仕組みを提供するという顧客価値を徹底的に追い求める。一方で、ビジネスとしても成功させ、出資者に報いたいと決意を語る春山代表。
同社の今後の展開に注目です。
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