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最終日、そして…(インド・シュリナガル7/7)

窓の外から吹く、生温い風を浴びながら考える。なぜ、この場所にいるのだろうか。全ては、自分が選択してきたことだ。それは分かっている。この経験を無駄にしたくない。そのためにはどうすれば? ゆっくり考えよう。時間はあるのだから。

朝起きると、レミーはすぐにシュリナガルへと戻っていった。これで、悪者軍団の一員はサジャーンだけだ。今日の夜、ついにカルカッタに向けて出発する。平穏に22時発の電車に乗るまで過ごしたい。しかし、その希望はすぐに打ち砕かれてしまう。
「今日は、おれの兄が街を案内する」
「案内はいいから、今すぐ駅に連れて行ってくれ」とお願いするが無駄だった。兄さんは、既に玄関で待っていたのだ。

兄さんの車で市内へと走り出すと、街を案内というより、買い物に行ったり、車の修理を手伝わされるなど、彼の日常生活を共に過ごしながら時間は過ぎていく。やがて、車は古びたビルの駐車場へと侵入をしていく。入り口の看板を見ると「Police Station」
悪者達が、自ら警察に行くはずがない! それなのに、なぜ?

兄さんに連れられ署内を歩き、豪華なテーブルと椅子が置かれた部屋に入ると「ここで待っていろ!」と、言い残し去っていく。すると、口ひげを生やし、髪をビシッとオールバックに固めた、お偉い様の雰囲気を纏った男性が入ってきた。
「おまえは日本人か?」
「YES」と答えると、ニヤリと笑いだす。
お偉い様が手招きを開始すると、部下が大量の書類を片手に中に入ってきた。チラッと見える文面には、

「Terrorism・Attack・Bomb…」

など、物騒な言葉が記載されている。
もしかしたら、テロリストの汚名を着せられ、一生をインドの刑務所で過ごす事になるのか…など、連日の様々な仕打ちにより、負の妄想は止まらない。お偉い様は書類を受け取ると、次から次へとハンコをポンポン押し始めた。その音を聞くたび、人生の階段を1歩1歩下っていくのを感じてしまう。

1時間以上無言でその作業を見守った後、再び兄さんが登場し、僕の肩を叩く。そして、お偉い様に敬礼をした後、一緒に部屋を出る。状況が理解できず、兄さんに「彼は何者なの?」と聞くと
「ジャムー警察の署長だ。おれは彼の部下なんだ」
ついに、善と悪が入り混じり始めてしまった。もはや「ぼったくりツアー」の全貌は理解不能だ。これまでの常識が通用する世界ではない! 兄さんは僕を駅に届け、何も言わず去っていった…

なぜ、警察署長に会ったのだろう? など、疑問は山ほどあるが、ついに奴らの手から解放された。意気揚々と、初のインド電車に乗り込み、寝台二等の座席に座り、バックパックが盗まれないように座席と固定をし、出発の時間を待つ。通りかかった車掌に、カルカッタまでの乗車時間を聞いてみると

「44時間だ」

列車の中で食事は食べられるらしいが、44時間もの長旅をする準備は整えていない。時計を見ると22時を過ぎている。目の前のインド人に出発時間を聞くと「しばらくは出発しないよ」との事だったので、電車を降りて売店へと向かう。
そして、購入した水や果物などを受け取り、会計をしていると「ガタンゴトン」という音が聞こえてきた。嫌な予感がして振り返ると、電車が動き出している。お釣りを貰うのも忘れて、全力でダッシュ!
何とか電車まで辿り着いたが、かなりのスピードで動き始めてしまった。どうしようと思いながらも車体を見ると、入り口の扉は開いている。飛び移るしかない!
「ぼったくりツアー」最後の決意を固め、購入した商品を投げ捨て、電車に向かってジャンプ!
座席に戻ると、目の前に座るインド人は既に寝息を立てている。その姿を見て改めて思い直す。ここは日本ではない。電車の出発時間は、誰も正確に分からないのだ! でも、本気で焦ったぞ…

窓の外では、漆黒の闇が広がりはじめていた。窓に映る自分の姿を見ると、この1週間でずいぶんと痩せた事に気づく。それはそうか。すべてが初体験の世界で、壮絶な日々を繰り返してきたのだから。でも、この体験と引き換えに、オンリーワンの旅話を手に入れた事は間違いない!
日本に帰国することも考えたが、こんな素晴らしい経験をした後、すぐに帰るわけにはいかない。何より、インド入国後2日目に騙されて、大金を支払って無事に帰国しました! では、少し恥ずかしい…
この経験を糧に旅を続ければよいのだ。まだ見ぬ世界をこの目で見ていこう。きっと、一生忘れられない旅になるはずだから。

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