【書評~分析編~】弱い者は助けたいけれど、臆病者は鬱陶しいだけ。
二作目の重要さ
いつか、評論家が述べていた。
あらゆる、芸術・作家・芸能・などの一発目の作品は、良くて当たり前なのだと。
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想いを全て詰め込み、初期衝動丸出しの1stは良くて当然。
一度全てを吐き出した後、自分の方向性を改めて熟考し、様々な模索、挑戦・苦悩をしながら作り上げた2ndに多くの可能性を感じられる人こそが本物。
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なのだと。
だから、その作家を理解しようと思えば、本を出版順に3冊ほど並べて、同時進行で読めば理解できる。
内容に感情を持ち込まず、分析的に読んでみる。
「分析批評」と呼ばれる読み方でもある。
「分析的な視点」を取り入れないと平板な感想になってしまいがちだ。
それは、ガキがやればいい。
主人公の葛藤
前作「デフ・ヴォイス」との共通点として、主人公の葛藤がある。
過去の経験なり、トラウマなりで、主人公が葛藤する。
それを、事件や出来事を解決していく中で乗り越えていく。
ありがちな、というか、ヒーローズ・ジャーニーの原則を忠実に踏んでいるので、大きく外れる展開でもない。
共通点として、そこに社会的な問題を絡ませることで物語を身近なものとして、深刻に捉えさせることに成功している。
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前作「デフヴォイス」では「ろう者」
今作「漂う子」では「居所不明児童」
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特に、今作は「漂う子」というタイトルだが、
物語の中で、一番漂っているのは、葛藤している主人公である。
なかなかのダメ人間ぶりを発揮している。
社会的弱者に甘んずる主人公の悩みを理解はできない。が、どこか憎めない。
ハッピーエンドっぽさを求める
終わり方を見てみると、その作家の求めるものが見えてくる。
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①一見してハッピーで終わるパターン。
②一見してバッドエンドで終わるパターン。
③何となくハッピーで終わるパターン。
④何となくバッドエンドで終わるパターン。
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大枠、この4つに分類される。
前作「デフ・ヴォイス」は③と考える。
何となく「良かったんじゃない?」思える終わり方。
今作「漂う子」は②の色が強い。
「バッドエンド」と思う。
ところが、その後に2ページ追加してある。
ページの割り振りから見ても、
後から思い直して付け足したようにしか思えない。
その2ページが
何となく「良かったんじゃない?」思える終わり方に引き戻している。
ただ、現実的に見て、まあ無理だろうな、と思う2ページでもある。
終わり方にも作者の葛藤があったのだろう。
作者はどう考えていたのか
実際に2作目に臨んだ際の気持ちが、あとがきに記されている。
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当時の私は低迷の真っただ中にいた。
デビューしてからコツコツと長編小説を書いては出版社に持ち込んでいたのであるが、来る日も来る日もボツの繰り返し。
ついには鬱気味となり心療内科にも通うありさまで、もうこのまま「一発屋」で終わるのだろうと諦めかけていた頃に、~以下略~
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苦しんでいたのだろう。
苦しみ抜いた上で、一作目のスタイルに戻ってきたのだ。
何のことはない
一番、漂ったのは作者だったのだ。
事実、あとがきには、自分の事を投影して書いた。と記してある。
【今日の格言とツッコミ】
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◇格言
・ 男は目で恋に落ち、女は耳で恋に落ちる。
◆ツッコミ
・ブサイクが幸せになると素直に喜べないのは何でだろう?
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