書き残すは夏の思い出。取り戻すは仮初めか~青春の真打ち編~
前回までの噺。
私役の『私』が訪ねた友人に、突然聞かされた青春の真相を解き明かすために街に出た。
そんな私役の『私』は、馴染みの中華料理店で酔いに任せて青春の真相を友人とマスターとで追うことになる。
そして、真打ちの登場である。
彼女は私達を待たせることもなく、何の躊躇いもなくお店に入って来た。流行を意識したのか、1日のすべてを終えた夜の時間がそうさせるのか、黒いサロペットに白色のシャツ。夏の色濃く少し日焼けした肌を見せながらキャップを深く被り、集まる視線を逸らすように私に喋り始めた。
「久しぶり。私のこと覚えてるかな。あなた全然変わってないわね。今日はどうしたの。とりあえず呑もう呑もう」
緊張を隠すように地声より少し高い声を出しながら、彼女は私に話しかけた。私は全然変わっていないね。で片付けられた私の20年を少しは知って欲しいと感じたが、微笑みを崩さず席を立ちハグをしようとした。だがそれは20年前の純情の私と少し変わり過ぎていると思い直し、挙げた手を自然と握手に変化させ彼女を席へと促した。
彼女が席に座ろうとした時、私、友人、マスターは彼女と同じ方向に並んだ。そして全員が彼女の隣に座ろうと中年が仲良く一列に座った。
「それはあえてのお隣席かい?」
私は、今日2回目の同じセリフを言えたことに満足し、友人に彼女の隣の席を譲った。
1つのテーブルに向かい合い、私達は青春の真相に踏み込むことにした。彼女はキャップをより深く被りうつむき加減にこう言った。
「お風呂入ってきたから、本当に素っぴんだから気を付けて」
私は何に気を付ければ良いのか分からなかったのだが、マスターが口を開いた。
「男は意外と素っぴんとか何とも思ってないぞ。ほとんど気にしてない。言われないと気付かないさ」
言われてみれば確かにそうだと思った。彼女がキレイにお化粧をしていたとしてそこで彼女に対して何か気持ちの変化が訪れるのだろうか。むしろ普段見せない素っぴんの方が価値があり魅力的なのではなかろうかと考えていた。
そして、それを言おうとした。
「どちらのあなたであろうと大して変わらないと思うけどね」
彼女は笑いながら私に伝えた。
「それってどうでも良いってことよね。相変わらずあなたぶっきらぼうね」
私の口足らずは、大体その真意が伝わることはない。これ以上の深掘りはまずいと感じた私は、この日何度目かの乾杯を促した。
「なぁ。君たちはいったいどうやって付き合ったんだい?」
一番聞かれたいのであろう言葉を贈ってあげた。友人はそこの記憶がないと答え、少し青臭くはにかんでいるのが妙に腹立たしかった。そして彼女にその解答を譲った。
「それはね。家に電話がかかって来たのが最初なの。『はじめまして、何組みの誰々ですけど。僕のこと分かりますか』って。この人、すごく人気あったでしょ。私の友達でも好きな子がいたのよ。だから知ってた。大体誰がカッコいいかなんて、すぐ噂になるからね。その友達は、他に彼氏が出来たんだけど、筋を通すじゃないけど気まずくなるのは嫌だからさ。付き合う前に一応知らせたよ。全然気にしないでって私も幸せだからなんて言ってたわ」
彼女の話す言葉を聞くうちに自分には持ち合わせていない、それこそ圧倒的な主人公感を感じた。どっかの誰かではなく、自分で自分を主人公としている言葉には、物語の中心にしっかりと自分がいて生きていた。それは私には出来ない生き方で表現だった。
「この人、私のことすごく好きだった。たぶん今までで一番好きだったんじゃないかな。間違いないと思うわ。そういうのって伝わるでしょ。ましてやあの頃なんて全力の100%で相手に気持ちをぶつけられるものね」
数ヵ月しか付き合っていないのに、数十年後にこの言葉を言われるのはどういう気分なのだろうかと友人を見たが、友人は目尻を下げたままデレデレの保存状態だった。私も私のタレ目をさらに下げてデレデレしてみたいと感じた。
「あなたもそういう気持ちわかるでしょ」
彼女は青春の抑えられない暴走する気持ちの同意を求めて来たので、私も同意しようと過去を振り返ってみたのだが、私の高校時代にそもそも彼女がいた記憶がなかった。そんなワケないだろうと今日2回目の考え直しをしたが、やっぱりいなかった。
「私の記憶も探してみるが、少し答えに時間がかかりそうだな。ま、私にしたら君達のプロポーズ大作戦の結末を知らないで今日を終われない気分だと改めて言わせてもらうよ」
私は、彼女に青春の真相を尋ねた。
「で、こいつは噂のマラソン大会で50位以内に入ったのかい?」
彼女は、少しビックリした表情で口を開いた。
「えっ?この人?この人が入ったのかは覚えていないわ。私がこの人に50位以内に入れって言われたのよ。私が50位以内に入ったら結婚しようってね」
友人は、この日一番の大きな声を出した。
「えっ?俺がそんなに上から偉そうに言う?俺からあなたに言ったの?信じられない」
確かに私の知る友人は、相手の負担になるようなことを言うタイプではない。だがこれは私が友人を知る前の話だ。
彼女は、少し前傾姿勢になり友人の方に視線を送り軀を若干友人の方へ向けた。キャップ越しに窺い知れるのは、上目遣いに彼を覗く視線だった。その上目遣いは、私がいつかされてみたいランキング上位に入っているので特に羨ましかった。
「その頃、私少しグレはじめてたのよ。グレるっていってもたかが知れてるけどね。部活辞めようかなとか、バイトしてデートして遊びたいとか。そういう話ばっかりしてたと思う。この人は、それが嫌だったんだと思うわ。自分も真面目に頑張るから俺のこと好きなら真面目に頑張りなよってことだったのよ」
どっかに忘れてきたもの。そして私はそれを使うことすら出来なかったものが、その話に詰まっていて、私は青春を初めて知った気分だったのだが、それを全員に悟られてはならないと静かに頷くことしか出来なかった。
「でね、私はちゃんと50位以内に入りました。それで部活も続けられて楽しい思い出いっぱいの高校生活を送ったわ。まぁ、私達はすぐに別れたけどね」
「淡いなぁ。いいな。お前ら。思い出すなぁ。俺も。今はさ、他に楽しい時間があるからさ。恋とかも全然したくないし、そもそももう無理なんだけど。あの頃はもっとしとけば良かったなぁ」
マスターが2人の思い出を噛み締めながら、交互に2人を見ながらも、自分を投影しているように、途切れ途切れに一言ずつ自分の思い出を振り返り、現在の自分を感じながら若干引くぐらい深く呑んでいた。
「そうよね。今からは、ね。なかなかね。一歩も出せないわね。でもあなた達はそこが違うでしょ」
友人と私に彼女は問いかけた。
「全力で出来ます」
友人は即答した。それは、倫理的に私達がおかしいはずなのだが、私も何の違和感もなく全力を注げる気がしていた。私は、自分を正当化させるように話した。
「恋ってするとかしないとかじゃなくてね。落ちるものだ。はじめから落とし穴の場所を知ってたら避けるだろ。君たちは『大人』だからあえて落ちようとしないだけだ。私達は『子ども』だから気付かない」
私は物語終盤の探偵のように受け売りのセリフを決めていい気分だったのだが、周りの反応は薄用紙のように薄く、ドライアイスの様に冷たく、そこに誰かが水を入れて科学反応させてくれたりもしなかった。
青春の真相はとても淡かったが、不思議なものを取り戻した気分だった。
『シンデレラは12時までに帰ります』と彼女は告げた。
「私、あなたに会いたかったのよ。伝えたいことがあってね」
帰り際彼女は、私に言った。
「この人が私と別れたあとにあなたと出会ったでしょ。あなたと出会ったあとの、この人のことは詳しく知らないのだけれど、時々耳にするあなた達の噂話は、とても楽しそうで信じられない話が多くてビックリしながらも嬉しかったのよ。ね。ポップくん。そう呼ばれ始めるあとのあなたと出会ってみたかったわ」
ポップと呼ばれる友人は、笑っていた。
「それからね。マラソン大会って50位以内に入ると証拠にマグカップを貰えるのよ。ポップくん。じゃまたね」
彼女は、迎えに来た旦那さんの車で帰って行った。私は、話の結末をポップに聞いた。
「で?記憶は?」
ポップは、その日一番の良い声で喋った。
「マグカップ貰った記憶なんてないわ。貰ってたら絶対覚えてる。俺が50位以内に入ってなかったんだ。俺が約束を守れずに、俺が頑張れなかっただけなんだ。もしかしてそれが原因で別れたのかもしれないなぁ。カッコ悪いわ」
「真実は、口に出さない方がいいこともあるな」
私は、ポップに伝えた。
「ま、でもよ。結果それでポップがグレたおかげで俺達と出会ったんだからイーブンだろ。真実なんて時間の経過や伝え方で変わるさ」
マスターは、ポップに伝えた。その通りだ。その結果ポップは約束を決して破らない優しい男に変化した。そのことに私達が寄与していたならばそれはそれで物語だ。と思ったが私は伝えなかった。
「呑み直したい気分だけど、俺明日子供とプールに行く約束してたわ。そろそろ寝ないと」
「それは、お父さんの役割をしながら、視線と頭の中は麗しの水着姿で安らぎをってことだな」
ポップは、私に伝えた。
「やっぱり真実は、口に出さない方がいいな」
記憶と真相の曖昧な境界線を今後も跨いで、楽しみたいと思った夏の日。夜はすでに蟲が秋の主役のように鳴いている。
この物語が真実なのかは口を出すつもりはありません。
自分に何が書けるか、何を求めているか、探している途中ですが、サポートいただいたお気持ちは、忘れずに活かしたいと思っています。