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書き残すは夏の思い出。取り戻すは仮初めか~中華料理の中座編~

前回までの噺。
私役の『私』が訪ねた友人に、突然聞かされた青春の真相を解き明かすために街に出た。

馴染みの中華料理店のカウンターは、それがカウンターであった面影しかなく、現在はランチ時に使うスープ鍋や食器、炊飯器などが置かれお店はテーブル席をメインに使うようになっている。

お店は、マスターの人柄か長い時間をかけて地元に馴染んできた時間の証明なのか、1人で食事に来ても気兼ねなく自由に過ごせる空気が出来ている。そのお店だけに流れる時間がしっかりとある。

客層は、マスター自身の子供の影響もあるのか昔に比べて家族連れが多くなっている気がする。お店が出来た頃は、呑み方も知らない私達が、ただただアルコールの量を競い合い、飲み潰れ、欲するだけあると感じていた時間を浪費し、ただ長く過ごすことが大人への近道だと迷惑をかけながら過ごした。お店も時間をかけてその歴史の在り方を変えていく。

「お、珍しいね。今日は呑めるの?実家?」

マスターは厨房から私を認めると安心する笑顔で話し掛けた。

「ああ。久しぶり。呑めるよもちろん。あとで一緒に呑もう。解かなきゃならない謎にはアルコールが必須なんだ」

「どうせくだらないことだろ。いつもそれが楽しそうなんだけどな。なるべく早く混ざるよ」

40歳を超えて今なお、青春の真相を取り戻しに来たとは、どれだけくだらないことかは理解している。だがそれが楽しそうに人から見えているのなら、私達の選択は間違いではないのだろう。

そういうことに時間をかけて生きてきた。

「なにせ忙しい店だからな。期待しないで待ってるわ。それに今日の話題は、この間の同窓会のことだ」

友人は、マスターにそう告げてさっさと自分のレモンサワーを作りに行った。私はテーブルに座り、お得意な神妙顔の演技をしながら時折腕を組み、小さめに頷いていたりしていた。

それは、マスターも同窓会に呼ばれていたという事実からのショックを隠すように名演していた。頭の中は、ただビールが呑みたい。女の子と喋りたいと考えることにした。

メガジョッキともいえる専用のジョッキに大量のカットレモンを入れたレモンサワーを完成させた友人は、私の分のビールと一緒にテーブルに置いた。

「今日の同窓会に乾杯しよう」

友人は、パパとしてではなく、昔から見ていた馴染みのある男のシワだけが深くなった笑顔でジョッキを掲げ、私と乾杯をした。

私達は、本題に入る前に近況を話し合い、それぞれが今何を抱え、何を感じているか話していた。くだらない話に時間をかけるのも楽しいがどうしても、それだけですまないものも抱えてきていた。それが歳を重ねることと知ってきたのもようやくだった。

生きるという命題に答えを出せないまま、去っていった者達や去ろうとしている者達のことを話す。生きていれば当たり前のことだが、私達が思い出すことや、共通の思い出に触れるということは共に過ごした時間が共に生きていて存在していたということを確かめる必要な時間だと感じる。

身近にあって人それぞれが感じる死を考える。私達は、何者にもなれないままに時間が過ぎているのを考える。そこに意味を考える。何者でもない意味を。

私は、生きることや死ぬことについて、色々な本に書いてあるが、それを考えること。話すことが私や友人に何をもたらすのかは未だに理解出来ないことを話す。

それをどこかで一緒に聞いて笑っている人達を思い浮かべて、変わらずくだらないでいる私達をそのどこかで褒めちぎってろよと笑っている。

だが結局行き着く先にあるのは、人の外見上の問題などではなく、ただ単純に、純粋に、この人はキレイだ。近付きたい触れてみたいと心に生まれてくる願望こそが一番キレイで真っ直ぐな透き通った感情だということに気付き、これからもそれを大事に私達は女性を好きであり続け生きていこうと確認し合い誓い合った。

それをそこから見ていろ。と酔いが進む。

マスターがお店の外に貸切の札を掲げ、先日の釣果であるヒラメを自慢し、刺身にしてくれて一緒に呑むことにした。

マスターは、捌いた部位を確かめながら、たぶんこれがエンガワだよと説明しながらその新鮮さを味わい、コリコリとした食感を楽しみ、ビールを呑み、横で『ウマイ』しか言わない私達を見ながら、中華料理屋で食べる刺身の美味しさは、これぞ真のギャップ萌えからくる倍の美味しさなんだと1人納得しながら話していた。

生活の一部を人に与えることで楽しく過ごし、生きることに直結する食に幸せを見出だすことが出来る人を、私は純粋な嫉妬混じりで見つめていた。

マスターは、友人の話を聞いた。

「俺達だけで話していても今夜結論は出ないだろうな。結果だけ見るとお前は彼女と結婚していないのが今の正解だ。何かしらあったんだろう。それは彼女のみが知っている答えだ。ここから家が近いから呼んでみよう。この時間なら家のことも片付いているだろ」

マスターは、彼女に連絡を入れた。予想通りなのか想定通りなのかは知らないが、一通りの家事をこなしていた彼女は、久しぶりに会うことになる私をダシにして、うまく家を出てこれることになった。

「悪くない自然さだ。なるほど。そのための本日の私か。久しぶりの同級生との再会は、恰好の呼び水になる。君にしては上出来だ」

この夜の私は、楽しむことに注力することにした。

「そう悪く言うなよ。お前の今後のタメでもあり、そしてこの謎を解くには本人が必要だ。そしてお前はそれを書く。結果全員幸せ。そうだろ?」

友人は、今日も心地好く私の心のツボを押してくる。

「書くか書かないかは、私にもわからないが、これが今後の私のタメになら協力しよう」

今後もしかしたら彼女を通じて同級生の別の女性と繋がり、ワンチャンの可能性を考えるならば、この芽を潰す理由など何もなかった。私は今まで生きてきて溢れる下心の抑え方は誰からも習ってきていない。

恋と家庭や仕事や趣味はそれぞれを行ったり来たりするものだ。それぞれが色々な場面でそれぞれの役割を演じている。

その役割が多く曖昧なほど、人は簡単に境界線を跨いでいく。私が読む本は、人間臭いものばかりだが人間であることに忠実だ。

本に書いてあることが本当か嘘かは知らないが、書いているのは同じ人間だ。そこに描かれる感情の裏表や、憎悪の奥にある愛。感情の機微に皆一様に興奮したり、楽しんでいるのは真実だと思っている。汚いと思われる内面を照らしているものこそ心を打つ。本当に良い人間などいないことを知っている。それを知らないフリをして真っ当な大人のフリをするのに疲れている。そして良い人間の役割に疲れている。

思考がグルグルし始めて、やっぱりお酒と女性が好きだなと思ったりもしていたが、それよりも早く彼女に会いたいと感じていた。私の元彼女でもないのに、この会いたいなと思う気持ちを私の他にもこの場の全員が同じ熱量で感じていた。

40歳を越えても私達は、やはりやれやれだった。

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