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開拓星のガーデナー #3

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正面モニターいっぱいに、巨大な目が映し出される。正面から羽交い締めのように拘束され、僕のガーデナーは十字架のように直立していた。身動きの取れない僕に、側面から樹獣が迫る……!

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

節約など考えている余裕はなかった。がむしゃらにスイッチを叩き、ありったけのナパーム弾を側面に撃ち出す!

KABOOOOOOOOOOOOM!

スピーカー越しの轟音が鼓膜を揺さぶる! だがこれで、側面の樹獣は焼けて……いない! 爆炎をバックに、2体は猛然と距離を詰める!

「うわあああああっ!」

スイッチをさらに叩く! 弾薬ゼロの警告音! それだけではない! ガーデナーの両腕が、メリメリと音を立て始めている!

「なっ、おっ、おかしいだろ!?」

思わず叫んでいた。鋼鉄と木。どちらが硬いかなど、子供でもわかる。正面モニターには、あざ笑うように見つめる目! 側面には、もはやすぐ側に迫った樹獣! 両腕は抱え込まれ、動かすことすら叶わない!

僕は、記憶の中から必死に打開策を探った。攻撃。防御。操作。……あった。正真正銘の『奥の手』が!

無我夢中でレバーを倒すと、ガーデナーの手首部から煙が噴き出す。手のひらが腕から外れ、ズシンと音を立てて落ちた! 中から現れたのは、動作用燃料タンクと直結した火炎放射器だ!

「これでっ!」

ガーデナーの動力源でもある高濃度のオイルが、左右の樹獣に贅沢に噴きつけられる! 一瞬の間を置き、着火! 二体の樹獣はたちまち火だるまと化し、地面をのたうち回った!

(やった!)

メキリ。一瞬の歓喜を、小さな音がかき消した。正面モニターには、先ほどまでと一寸変わらぬ絶望があった。

◆ ◆ ◆

深く息を吸い、ゆっくりと吐く。それは意識を切り替えるための動作。父から教わった、生きるための手段。

ルチアは目を閉じた。視界が黒に染まると同時に、そこに一瞬前に認識した状況が広がっていく。樹獣は前方に2。右に1、左に1。そして前方、さらに奥。伏兵らしき気配。

樹獣という生物について、未だ人類が知るところは少ない。確かなのは、それが他の全ての生物を捕食しようとすること。そして、小規模な戦術を企てる知能があることだけだ。

ルチアはそれがどれほどの脅威か、知っている。いや、知らされた。あの樹獣によって。

「へへ……」

思わず笑みがこぼれた。正面に5体。この勢いからすると、一帯の樹獣が全て向かってきているのだろう。とすれば、後方にもかなりの数が来ているはず。

だが、彼女は背後を振り返らない。なぜなら、そこにいるのはニンジャ。鍛え上げた筋肉と、変幻自在のニンポーで戦う、東洋の戦士。ゆえに、小型樹獣になど遅れを取るはずがない。彼女は誰よりも強く、そう信じていた。

前方の2体は、つい先ほど遭遇した【監視者】。膂力は目を見張るものがあるが、それだけだ。

右前方。細い体に巨大な口が浮かぶ【鋼喰らい】。これも接近さえさせねば、大した相手ではない。

左側面。どっしりとした体躯を持ち、地に深く根ざす【砲台】。これがさしづめ、見える範囲では一番の脅威となるか。

最奥。はっきりと視認はできない。が、確かに何かがいる。

知識に経験、そして勘。全てを動員し、最適な行動をシミュレートする。目を開けた彼女は、即座にナパーム弾を最奥の樹獣に撃ち込んだ。

KABOOM!

爆炎が上がった。つい先ほど、正面モニターを確認した時、2体の樹獣の奥に、一瞬震えた木があった。そこに撃ち込んだのだ。火柱の中で、標的は身をくねらせた。命中だ。その時、ガーデナーの足元が震えた。

「おっと!」

ルチアは間髪入れずに右へ跳んだ。先ほど立っていた位置を、地面から突き上がった【砲台】の根が貫く。跳んだ分、【鋼喰らい】との距離が詰まった。

その名の通り、ガーデナーの装甲をも噛み砕く口は、喜びを表すかのように大きく開いている。好都合だ。ルチアは跳んだ勢いを乗せたまま、標的に急接近。その大口に鉄拳を叩き込んだ。

牙のような木片が吹き飛ばされ、地面に突き刺さった。噛ませる暇など与えない。燃料を染みさせ、点火。爆散させて殺した。これで2体。【監視者】たちはすぐ左にまで接してきている。さらにルチアの足元が大きく揺れる。【砲弾】の2発目だ。

「へへ……!」

ルチアは声を震わせて笑った。2体の【監視者】が一斉に彼女のガーデナーに飛びかかった。彼女は後ずさるように身を引き、後ろに跳ねた。

鼓膜に叩きつけるような轟音が響いた。着地時の脚部からの排熱音、【砲弾】が地を裂く音、2体の樹獣が中央から生えた【砲弾】に刺し貫かれ、体を半分づつ持って行かれた音。そして。

「オラアッ!」

彼女のガーデナーが、【砲弾】に拳を叩き込む、予備動作の音だ。硬い樹皮に覆われた樹獣も、その内部はさほど強靭ではない。露出した脆い部位に、爆発のエネルギーが叩き込まれれば、終わりだ。

【砲弾】は爆散し、2体の樹獣は体内をシェイクされ、その場に崩れた。ルチアは残心する間も無く、1発目の【砲弾】の陰から狙いを定め、【砲台】を焼いた。標的の炎上を確認すると、彼女はようやく、後ろを振り返った。

◆ ◆ ◆

終わりだ。腕を経由せず、正面に攻撃する武器は付いていない。
拘束されているため、逃げることもできない。

勇ましく戦うイメージは早々に消えた。僕は涙をにじませながら、腕が破壊される瞬間を待っていた。拘束が解除されれば、逃げられるかもしれない。降下地点まで行ければ回収してもらえる。そうすれば助かる。

都合のいいイメージで、眼前の恐怖から目をそらす。レバーに乗せた手は無様に震えていた。その時、爆音が響いた。

「ああっ!?」

僕は裏返った悲鳴を上げた。爆発の衝撃でガーデナーは尻餅をつき、胴体部分が地面にめり込んだ。拘束から剥がされた腕を、無様に伸ばしたまま。

僕は恐る恐る正面モニターを覗く。そこに樹獣の姿はなかった。僚機から通信。応答する。サブモニターに映し出されるのは、当然ルチア。

初めて出会った時から、彼女はいつも笑っていた。しかし今の彼女は、氷のような無表情で僕を見ていた。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。