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開拓星のガーデナー #4

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果てしなく白い雲の上。限りなく澄んだ海の底。見果てぬ冒険の夢とともに僕は……ショウマは育った。先人たちの遺した数々の発見の偉業。その末席に、自分の名を刻み込む。それが僕の夢であり、人生の目標……そう思っていた。

西暦2058年。時は流れ、僕は16歳になった。日本では法的にも社会的にも立派な成人だ。そして大人になった僕が、夢のためにまず何をしたかというと……何もしなかった。

なぜなら、僕が大人になるまでの僅かな間に、この地球に残っていた僅かな謎や神秘は、全て調べ尽くされてしまったからだ。調査光景はアーカイブされ、全世界で閲覧が可能。隠されていた真実は、誰もが知るところとなった。

雲の上を飛ぶ生物。海の底に沈む遺跡。地の中に住む人間。そういう自由な空想の産物は、もはやどこにも存在を許されていない。当然、僕のそれも同じだ。それらよりは多少の現実味を帯びていても、事実でないことには変わりないのだ。

夢を失ったまま、2年が経った。僕は夢の残骸にしがみつくかのように、ジャーナリストという職業を選んでいた。さしたる変化はそれと、もう一つ。夜、夢を見るのが辛くなったことだけだった。

「……はぁ。こんなはずじゃなかったのにな」

この言葉を、何回つぶやいたことだろう。黄ばんだ漫画本の散らばる、男くさい部屋。安物のカーテン越しに、陽の光が滲んでいる。快晴だが、出かけようとは思わない。

僕はベッドに寝そべったまま、スマートフォンで動画をザッピングする。最近の休日は、ほぼ一日中これで潰していた。そんなに楽しいものでもないが、退屈するよりはマシだ。そして何より、気楽だった。映像と音に刺激されている間は、空っぽの自分を見つめずに済むからだ。

昔聞いた話では、こういう娯楽は数十年前からあり、その形は何も変わっていないらしい。僕はそれを聞いた時、愚かだと思った。だが今の僕は、それも納得だと思う。誰もが皆、楽しみに貪欲なわけではない。これで十分だから、何も変わらないのだと。

そろそろお腹も空いてきた。そんなある時、一つの動画が映し出された。見たこともない光景に、思わず目が留まった。それは、どこかの惑星の映像記録だった。

「へえ」

画面を埋め尽くすほどの異様な植物に、思わず呟いた。惑星開拓。人間の住めそうな星を、住める状態に切り拓き、販売する……近年、法整備の進む、新たなビジネスだった。

未知の惑星を開拓する。耳障りだけは夢のあるフレーズだ。だが、現実はそんなに甘くない。

大抵の惑星には、植物はおろか微生物すら存在しない。あるのは延々と続く荒野と、ひたすら単純で地道な田植え作業。このように植物がある惑星ではそれが草刈りに変わるが、やはりそれだけだ。労働者にとっては、地球とさしたる違いはないのだ。

動画はまだ続いていた。今度は研究員らしき男性がワイプ表示され、未知の植物への興奮を語っていた。

(楽しそうだな)

僕はぼんやりとそう思った。語っている内容は、専門的すぎて一ミリたりともわからない。でも、彼の目に宿る、キラキラした輝き。それがただ、羨ましくて、惨めに思え、再生を止めようとした。だがその時、ふと映像に違和感を覚えた。

(あれ? 今……)

動画を巻き戻し、一時停止する。一瞬、おかしなものが見えた気がしたのだ。だが、このタイミングでは映っていなかった。コンマ一秒ほど進ませ、また止める。それを数回ほど繰り返し、僕は気づいた。

そこに映っていたのは、錆びた鉄骨だった。植物の蔓に覆われているが、確かに骨組みの形になっている。よくよく見れば、コンクリート片のようなブロックの破片もある。明らかに人工建築物の跡だった。

(誰も気づいてないのか?)

いつの間にか、動画に釘付けになっていた。僕は、男性がいつこの事実に触れるかを、注意深く観察していた。そういう植物だという可能性もあったからだが……結局彼は、最後までそれに触れなかった。動画は【開拓作業員募集】の広告表示で終わっていた。

僕は反射的に広告をタップし、それからその惑星……スダースのことについて、調べられる範囲のことを調べた。そのどこにも、この鉄骨について触れた内容はなかった。この惑星に、人が暮らしていた可能性に誰も触れていなかったのだ。

心臓がばくばくと高鳴っていた。それは夢に描いていた、そして決して手に入らなかったもの。僕の手が届く、誰も解明していない【謎】だった。

僕はその日の内に辞表を書き、出版社を辞めた。そしてその足で動画の会社へ向かい、滾る熱意をそのままぶつけて、社員が妙にゴツい人だらけだとも気づかぬまま、よく読まずに契約書にサインし……


◆ ◆ ◆


「なあ」

誰かの声。ビクンと反射的に体が震え、意識が現実に戻った。モニタには変わらずあの少女が映っていた。

ルチア。僕がこの会社に入り、初めて出会った同僚。人手不足とはいえ、畑違いの僕が入社できるように、後押ししてくれた少女。どう言うわけか僕をニンジャと思い込み、無邪気に慕う女の子。そして、ジムさんを笑いながら殺した、悪魔のような女。

そのどれも、今の彼女には当てはまらなかった。

「あ、ああ」

僕は何か言おうとした。だが、頭の中ですら何も言葉が浮かばない。ルチアは絞り出すように言った。

「お前、ニンジャだろ。なんで死にかけてんだよ」

脳裏に浮かぶ、火柱。樹獣が眼前に迫った時と同じように、苦しくなる呼吸。

「そ、それは……その、僕が……」

僕が。続きはまだ浮かんでいない。

「その……あれは、と、特別な樹獣だったから……」

嘘だ。初めて倒した樹獣と同じタイプだった。言葉を吐いたと同時にそれに気づき、血の気が引いていった。マズい。頭の中が真っ白になっていく。

「あ、ええと、そ、それと……!」

僕は慌てて取り繕うとした。だが。

「分かった」

ルチアはきっぱりと言った。

「え?」

聞き返す。彼女は無表情を保ったまま、続けた。

「私に見えなかっただけで、あれは特別な樹獣だった。だから苦戦した」

「あ、え……うん」

嘘だ。

「でも一瞬だ。私が助けなくても、お前一人で勝てる相手だった。そうだな?」

「そ、そうだよ」

嘘だ。

「苦戦したのは、まあ……遊びみたいなもんだった。そうだな?」

「う、うん」

嘘だ。でも、自分でも驚くほどに、僕は滑らかに頷いていた。ルチアはため息を一つ吐くと、静かに、そして深く息を吸った。10分にも思えるほどの数秒の後、彼女は言った。

「ならいいんだ。邪魔して悪かったな!」

えっ? 僕は呆けたように彼女を見た。その表情も雰囲気も、いつものそれに戻っていた。どこか腑に落ちなかった。だが、僕が抱いたその些細な違和感は、すぐに安堵のため息に呑まれ、消えた。

ルチアは僕の気も知らずに、もう一言付け加えた。

「ああ、それと……まだ生き残りがいそうだ。もう少し探しとこうぜ。お前なら大丈夫だよな?」

うん、と答える以外、僕には残されていなかった。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。