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開拓星のガーデナー #9(終)

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バキバキと、何かが砕かれる音が聞こえる。おそらく、巨大樹獣が硬いものを咀嚼する音なのだろう。ガーデナーが食われるときは、どんな音が響くのだろうか。立ち向かうと決めても恐怖は消えなかった。

それでも僕らは、進まなければならない。

「狙うのは、あの足の上の方だ」

「どの足だ? ナイフの刺さった……」

「どれでもいい。でも、そこの方がいいかも」

「ハッキリしないな」

その通りだ。ここは正確に伝えなければならない。焦る頭を無理やり冷やし、思考を整理する。

「その……導管の流れを、途中で止めるんだ」

僕は結局、大まかに言った。

「止める?」

「全身を爆破するには燃料が足りない。でも足一本ぶんくらいなら……」

「つまり、あの足を一本の木に見立てて爆破する、ってことか」

ルチアが補足した。なんとか伝わってくれたようだ。

「その通り」

「確かに、あれだけデカいんだ。足一本でも折れれば、自重で動けなくなるかもしれねえ……それで、どうやって流れを止めるんだ?」

「外からナイフを突き立てる」

巨大樹獣の後ろ足に、ルチアが深々とぶっ刺した小型ナイフ。あれは僕のガーデナーにも装備されている。刺さった刀身が導管を塞げば、流れを寸断させることができる。

「……簡単に言ってくれるな。お前、刃渡りがどのくらいかわかってるか?」

「わかってる。短すぎるって言うんだろ」

導管は大抵、樹獣の中心部から放射状に、複数本が通っている。この樹獣もそうとは限らないが、もしそのパターンだとすれば、届くかどうかは五分。

「外皮の硬さも」

「相当無茶をしないと刃が立たないだろうね」

「なら話は早いな」

「ああ。頑張ろう」

「待て」

ルチアが手振りで遮った。

「いいか? お前……」

「上手くいけば成功する」

僕はきっぱりと言った。

「そして、他の手立てはない。思いつく時間もない」

「そりゃ、でも……」

「可能性はゼロなのか?」

「ゼロってわけじゃねえさ。だけどよ……」

「なら、やろう」

悠長に会話できる時間は、刻一刻と終わろうとしている。巨大樹獣は食事を終え、再び立ち上がった。奇妙な獲物を喰らい、己の血肉とするために。

「無茶だ」

「無茶でもやるんだ!」

僕は力強く言った。ルチアが目を丸くした。

「僕は……ずっと立ち止まって生きてきた。大きな夢だけ抱えて、その重さに押し潰されて。結局、何一つ行動せず、家の中で嘆いてただけだったんだ。でも、今は違う……!」

「お前……」

「この星の謎を解き明かしたいって、あの船に乗り込んだ! それでようやく夢に一歩近づけたんだ! 行動しなくちゃ何も変わらない! だから!」

震えは取れない。恐怖は消えない。それが僕だ。でも、もう一つ確かな事実がある。先にあるものに憧れて、僕自身がこの道を選んだことだ。それならば。そこに進むためには、一歩づつ歩むしかない!

「だから……」

「この作戦の問題点は、三つだ。一つは」

ルチアが遮った。

「私の方でも奴の外皮を突き破り、拳をブチ込む必要がある」

「あ……」

そうだ。僕も見ていたではないか。鬼神のように暴れたルチアの攻撃を、全く寄せ付けなかった樹獣を。

「だがな。そりゃ問題ない」

「えっ?」

「もしかすると、奴の面の皮……面じゃねえな。にかくブチ破れるかもしれねえ場所がある。左の前足、その下の方だ。色がおかしい箇所があるだろ」

「え? えーっと……」

僕は敵の姿を思い起こそうとする。

「お前が狙うのは、その真上だ。そこでせき止めろ。あとは私が、下から燃料を叩き込んで爆破する」

とにかく、ルチアの狙う場所の真上ということか。僕が頷くと、彼女は続けた。

「で、もう一つだが。お前……そんな高い位置にどうやって行くんだよ?」

「そっちは僕に考えがあるよ。説明してる暇はないけど……可能性はある。最後の一つは?」

「成功するかが、奴のご機嫌次第ってことだ。アイツが痺れを切らして足を振り上げ始めたら、チャンスはなくなる」

それは想定もしていない可能性だった。背中に冷や汗が流れる。

「……迅速に行かないとね。それより君の方は? 上手く行きそうなのか?」

「可能性は、ある」

ルチアは力強く言った。僕はほんの少し逡巡し、頷いた。

「やろう、ルチア。僕らならきっと上手くいく」

「ああ。頼むぜ、その……ショウマ!」

お互い、根拠などなかった。でもそれ以上、言葉はいらなかった。僕らは二手に分かれ、機体を走らせた!

(大丈夫……大丈夫だ。上手く行く。行かせる!)

立ち上がった巨大樹獣。その胴体の真下へと飛び込む。左の前足。そこを狙う。ルチアがしたように、ツルに弾かれて!

ブォン!

目の前を何かが通り過ぎ、右後ろで何かが爆ぜ飛んだ! 遠目で眺めていたよりも、体感の動きはずっと早い。見られるモニターを全て見て、最適なポイントを割り出そうとする。

ルチアはすでに目標地点に到達している。後は彼女を信じろ。僕が成すべきことは、高らかに宣言した無茶を押し通すことだ!

左前方からツルが飛んでくる! 僕は右へ避ける! そのさらに右をツルが通過した! やはり実力は追いついていない!

「それでも僕は! 戦場にいるんだ!」

動きを最小限にしつつ、運を天に任せ、ツルをかわし続ける! 右後方から新たなツルが飛ぶ! これが最適の角度だ! 歯を食いしばり、衝撃に備える!

パ ァ ン … …!

「ぁぐッ……!」

背中をしたたかに打たれ、一瞬、意識が飛んだ。重力が体をシートに押し付ける。頭を気合いで揺り戻し、モニターを覗く! ガーデナーは今、左前足へ……ルチアの上方へ向け、飛んでいる!

僕は荒く呼吸した。耳鳴りが、心臓がばくばくと鳴る音以外を遮る。強烈な風圧が機体に圧しかかる。だが樹獣のツルは、それよりもなお強い力で、僕を弾き飛ばす!

格納されたナイフを取り出すのは、何度も訓練した動きだった。だがこんな極限の状況下は、当然想定していない。ただ自分を信じて、誤差修正を繰り返し続ける。1……2……5……10回を越えたころ、なんとかナイフを掴みとった。あとは正眼に構える。それだけだ。それだけの動きが……

「間に、合わ……!?」

ナイフを取り出す動きに時間を取られすぎた。正面モニターの一面に樹皮が広がる! あと何秒ある!? 測る余裕は無い! 間に合わない、その可能性を頭から振り捨てる!

「間に合えぇぇぇぇえええッ!」

腕の関節が軋む! 水中にいるかのような、ぎこちない動きで、ナイフを突き出す!

ズ ゥ ゥ  ゥゥ ゥゥン……!

今までに体感したこともない、強烈な衝撃。圧倒的な暴力が機体全体を刺し貫き、走り、僕の元にまで伝わった。耳をつんざく轟音とともに、僕の意識は途絶えた。


◆ ◆ ◆


「やっぱりだ……!」

樹獣の左前足、その根本は金属のような装甲で覆われていた。父のガーデナーだ。樹獣に取り込まれたそれを見て、唸る。微細なペイントミスすらも、そのまま残されている。そして今、重要なのは。

「関節が、そのまま残ってる……!」

人間がそうであるように、ガーデナーにも関節はある。関節は柔軟な動作を可能とする反面、脆い。

なぜそんな部位が残っている? ……知れたことだ。こいつは『何か硬いもの』を取り込んだだけで、『どうして硬いのか』まで理解できてはいないのだ。

「鎧でもまとったつもりかよ。クソが……!」

同時に、そんなくだらない知性の持ち主が、父をこんな目に遭わせた……その事実への怒りが湧きあがる。そして、躊躇いが。

父はもう死んだ。ここにあるのはただの残骸だ。粉砕するのに遠慮はいらない。圧死した同僚のガーデナーに火を放ったように。

それでも無意識に湧いてくる恐怖を、ルチアは意識する。今は、その感情に飲まれるわけには行かない。息を深く吸い、吐く。この所作も父が教えてくれた。もう一度息を深く吸い、吐く。

「親父……」

腕を大きく引き、溜めを作る。父の笑顔が脳裏をよぎり、目の前の残骸と重なり合う。ルチアは息を深く吸おうとして、止めた。

「親父、私は……」

私は、何なのだろう。何故今戦っているのだろう。ただ生きて欲しい。ショウマはそう言った。その言葉の意味は今でもわからない。

物心ついてからずっと、何かを対価として差し出すことでしか、何も得られなかった。ただ生きる。その行為が彼にとって何のメリットがある? 会社の人間は親切にしてくれた。でもそれは、私の戦闘能力を見込んでのことだ。少なくともルチアはそう捉えていた。

生き残るために一緒に戦って欲しかった? それは否定された。それに、もしそうなら、逃げていればよかったのだ。彼は今、彼女と一緒に、無謀な戦いへ身を投じている。完全に非合理的だ。

だが、それゆえに……惹かれるものがあった。それは、既知の範囲で生き続けた彼女が、初めて抱いた好奇心だった。その感情を言葉でどう表すのかを、彼女は知らなかった。だからただ叫び、行動した!

「私は……! 知りたいんだ!」

拳を叩き込む! ギィン! 弾き返される! なおも叩き込む! 二撃、三撃、四撃! 関節にヒビが入る!

「うわぁぁぁああああッ!」

言葉にならない叫びを上げ、ルチアは殴り抜けた。関節が砕け、比較的柔らかい木部に拳が触れたようだった。腕を引き抜き、構える。処刑のための拳を! ……叩き込む!

メキメキとくぐもった音が響く! 巨大樹獣の内部へ完全に拳が食い込んだ! だが、燃料を入れるのはまだだ! 相棒へ通信を送る!

「ショウマ! こっちは大丈夫だ! ショウマ……!?」


◆ ◆ ◆


「うっ……」

頭が痛い。ルチアの声が聞こえる。何かぬめったものが頭から流れている。無意識的に手を伸ばし、拭う。赤い。

「これ、は……」

「大丈夫か!? 返事をしろ!」

「ルチ、ア……?」

意識がおぼつかない。何をしていたのか。そうだ。あの巨大な樹獣へ……おかしいな、ルチアはぶつかってもピンピンしてたのに。

「ナイフ、は……」

僕はモニターを確認する。全面が真っ暗になっている。激突の衝撃は、ナイフと機体が平等に受けた。その余波がカメラを砕いたのだろう。かろうじて残ったのは、正面中央。

「……!」

映し出された光景に、僕は息を飲んだ。刀身が露出している! 浅い……これでは導管に届いている可能性など、ゼロだ!

「早く降りろ! 燃料をブチ込む!」

「まだ、だ……!」

「ツルが来るんだぞ! 急げ!」

「好都合だよ……!」

「何考えてるんだよ! オイ!?」

ナイフを握りしめたまま、身動き一つしない。自殺行為だ。僕からは見えないが、ツルが狙っているというのに。だが、これが今の状況の最適解のはずだ。足りない威力を補うために、僕とナイフを以って、釘とする……!

パ ァン!

「ぁぐッ!」

右から衝撃!

パァアン!

左から衝撃! 損傷箇所のチェックなどする暇はない! 後ろからの一撃を貰うまでは、ナイフだけは意地でも手放さない! 柄から離れかけた手を、再び握りしめさせる! そして!

バキ ィ ン!

「ごふッ……!」

口から何かが溢れ、首筋を生温いものが濡らす。痛みはとうに麻痺していた。僕はただ、作戦の遂行だけを確認した。刃は、完全に食い込んでいた。

「シ……ウ…ッ…!」

ルチアの声がぼんやりと聞こえる。そうだ、逃げないと。ナイフから手を離す。機体が重力に従い、落ちていく。

僕は夢を見る。意図して夢を見ようとする。世界が混濁し、初めて掴んだ手がかりの光景が、現実と重なり合う。現実へ立ち向かう勇気を勝ち取るために。僕は機体に落下の衝撃に備える態勢を取らせた。まだ死ねない……! 耐えてみせる!

 シ  ン……

機体はどうやら、無事に着地に成功したようだった。通信越しのルチアの表情が、安堵に変わったように見えたからだ。意識を揺り戻す。戻らない。それでも良い。少しでも現実を見ようとする。彼女は燃料を注ぎ込み……点火した!

ド ォォォ ォン……

おぼろげな視界で、僕はそれを見た。中規模な爆破が、樹獣の左前足を、内側から吹き飛ばした。樹皮が爆ぜ、飛び散り、あるいは空中で燃え尽きて消えた。だが、それでも、完全に吹き飛ばすには足りない。一部の木部と、反対側の樹皮が残った。樹獣の巨大な体が、建物の柱が崩されたように、悶えた。

「逃げるぞ、ショウマ!」

ルチアが僕の方へと走って来る。僕はそれに従い、ほとんど無我夢中で機体を走らせた! 僕らが胴体の下から出終えると、ルチアはありったけのナパーム弾を焼け残りに撃ち込む!

「ダメ押しってやつだろ!」

連続した爆炎が、吹き飛び損ねた箇所を完全に焼き払う。巨大樹獣がついに倒れ、無様にもがいた。だがそれ以上の攻撃は、今の僕らには不可能だった。

「ショウマ! 止血は!」

「……気合いで……」

「なんとかなるかよバカ! 急げ!」

「距離を、まだ……」

「あの様子じゃ大丈夫だ!」

ルチアが心配した表情で急かす。僕は機体の操作を止め、備え付けの応急キットを取り出した。

それから僕らは、ひとまずの応急措置を済ませると、一目散に走った。振り返っている余裕はなかった。背部カメラが残っていれば、もっと安心した気持ちで走れただろう。だが、無いものをねだっても仕方がなかった。

たっぷり3時間は走った気がした。時刻表示には15分と書かれていたが、体感ではそう思えた。少し拓けた土地に来て、ようやく僕らは立ち止まる。

「ここまで来れば大丈夫だろ……!」

ルチアが言った。彼女はハッチを開け、コックピットから何かを放り捨てる。30cm程度の超小型ロケット……つまりは帰還のための装置だ。

「データは……?」

僕が問うと、彼女は入力済みだと答えた。スダースの大気は、地球のものと酷似している。だがその上層……大気圏外は、何らかの物質によって覆われている。それは電波を遮断し、宇宙からの観測をも不可能にする。入社後に知ったことだが、その謎も未だに解明が進んでいないらしい。

ロケットは青空に煙の軌跡を描き、宇宙へと打ち上がった。あれが電波を送信し、会社に僕らからのメッセージを伝える。帰還のためのシャトルを送ってくれ、と。

音の無くなった森で、僕らはしばらく待った。巨大樹獣の方を一度振り返ったが、その姿は消えていた。二人とも、無言だった。失血が眠りへ誘おうとする。その誘惑に堪える。

「あのさ……」

ルチアがおずおずと言った。

「傷、大丈夫か?」

「え? ああ……痛くはないよ」

「んなわけあるか!」

「それが、あるというか……何も感じないというか」

「それ、もっとマズいぞ……!」

ルチアは慌てた。僕は噴き出した。結局、彼女の何をそんなに恐れていたんだろう? 彼女のことを少しだけ知った後では、あの恐怖はひどく馬鹿馬鹿しいことに思えた。

「でも、上の人も酷いな……さほど危険じゃないなんて。あんな怪物がいるっていうのに」

僕が愚痴をこぼすと、ルチアは目を丸くした。

「……お前、気づいてなかったのか?」

「何を?」

「降下地点からあの場所まで、一時間は歩いたんだぜ」

「えっ……嘘だろ?」

「本当だ! 移動の時、なんで文句言って来ねえのかって思ってたら、気づいてなかったのか、お前は!」

確かに考え込んでいたが、そこまでだったとは。僕は自分自身に呆れ、苦笑した。

やがて真っ青な空を割り、大型のシャトルが降りてきた。僕らはそれに乗り込んだ。中には三人分の機体の収納スペースがあった。二人とも、また無言になった。僕が俯いている間に、ルチアはテキパキと装置を操作し、シャトルを発射させた。

身に掛かる重力が消え、軌道が安定する。シャトル内のモニターには、周辺の光景が映る。無論、今飛び去ったばかりの、スダースの姿も。

緑の星スダースは、宇宙からはありふれた死の星のように映る。スダースを覆う物質が、そのように見せているらしかった。僕らの乗ったシャトルは、事前に入力された目的地へと帰還して行く。

謎へと近づくための、冒険。頭の中ではキラキラと輝いていたそれは、現実には血と泥に溢れていた。そして僕は、夢の中の冒険者ではなく、現実の弱い僕の力で、それに立ち向かわねばならなかった。華々しい勝利など得られず、謎の答えも得られぬまま、ズタボロにされて、なんとか逃げ延びた。

それでも、次へと続くチャンスは勝ち取ることができた。行動を起こし、納得のいかない結果が帰った。だから次はもっと、上手くやる。夢の先へと辿り着くためには、そうして進むしかないのだと、僕は悟っていた。

スダースの謎へ近づくためには、より深い調査が必要だ。あんな怪物にも、また出会うかもしれない。訓練には以前にも増して真剣に取り組まねばならないだろう。それからは。血の気の引いた頭では、上手く考えられそうになかった。

次第に睡魔が襲いはじめた。半分降りたまぶたで、僕は周りを眺める。開きっぱなしの通信の向こうでは、ルチアがあどけない顔で眠っている。シャトル内のモニターが、進行方向の光景を映し出す。

音のない闇の中に、無数の星が瞬いている。その中にひときわ目立つ、大きな宇宙船。あれの名は『カルティベイター』。僕らの所属する開拓団の、本拠地だ。

【終わり】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。