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あなたはどこで感染しましたか? ──対策してくださいを言えずに

著者:ケイヒロ、ハラオカヒサ

会食やイベント会場だけではない問題

この記事を書くきっかけは家電工事にきた方の次のような言葉だった。

どんなお宅に行くかわからないから怖いですよ。行った先でマスクをつけていないとか、それで変な咳をしているお客さんがいても断れないし、そういう人もいましたから。

もし工事を依頼しなかったら、こうしたコロナ禍の不安や恐怖について気づかないままだったろう。

複数の人が飲食をともにするだけでなく会話に花を咲かせる会食、密室内で複数が熱唱するカラオケ、多くのオーディエンスが密集しがちなイベントが以前から新型コロナ肺炎に感染しやすいシチュエーションであると指摘されてきた。これらはいずれも感染拡大の中心地だが、今回はいままで語られることのなかった「感染経路不明」の例を考えたいと思う。

そこには仕事をもらうためには沈黙せざるを得ない、家電工事をめぐる問題と同様の構造があった。


クラウドソーシングでの請負

(以下、プライバシー保護のため発言の一部を事実関係を歪めることのない範囲で改変しています)

Aさんは以前から写真を撮影していたこともあり休日を使い副収入を得られたらと思い2019年の夏にクラウドソーシングに登録した。その後、コロナ禍で会社の業績が芳しくなくなり、収入への不安もあって撮影案件の受注獲得にむけて真剣になった。失業率が報道される機会が増え、何もしないではいられない心境だった。

なおAさんが勤務する会社では、休日に行う創作や制作系の副業は禁止されてなくソフトウエアや同人誌をつくって販売している人もいる。

クラウドソーシングとはインターネット上にある仕事を仲介する場で、発注側も受注側も通販サイトで買い物をするためのメンバー登録をするくらいの手間ですぐ受発注が可能になるシステムだ。大雑把に言えば、銀行口座があり実名と連絡先の証明がつけば登録可能と言ってよい。

クラウドソーシングの撮影カテゴリーでは「通販サイトに使う写真を撮影してくださる方」といった募集があり発注額や条件が提示される。これを見た受注側が募集にエントリーし、発注者は相手の仕事歴や入札額などを参考にして誰に依頼するか決める。

発注側は規模がさほど大きくない法人または個人が多いように見受けられ、受注側にはアマチュアだけでなくプロフェッショナルやセミプロフェッショナルもいる。通常の営業で取りこぼす小口の新規客を見つけるために登録しているプロがいることから、Aさんの副業に限った話ではなくフリーランスについての問題と言ってよいだろうし、撮影の仕事に限ったものではないはずだ。


初対面のクライアントと対策されていない現場

Aさんは登録当初からしばらくほとんど仕事を取れなかったが、2020年の夏頃からオークションに出品される商品を何度か撮影して一回あたり1,000円から3,000円程度の収入を得た。毎週末の休日に仕事が取れるとは限らないこともあって効率の悪さを感じ、プロと思しき人たちが獲得して行く高額または他に好条件のある募集にもエントリーするようにした。

──新型コロナ肺炎に感染したのは10月に行った2件のモデル撮影と聞きました。

たぶん、それしか考えられないので。条件がよい仕事を取れたのははじめてで、撮影日を調整していたら土日連続になりました。どちらでうつされたのかわかりません。

2件の仕事を好条件と見た理由はポートレイトや人物がらみの撮影だったからだ。それまでオークション用の小物を撮影する案件くらいしか実績がなかったAさんにとって、人物撮影の実績をプロフィールに載せられる魅力は大きかった。いずれもはじめて仕事をする発注者で、むしろ過去に仕事をした経験のあるクライアントから受注することのほうが稀だという。

しかし話を聞くとAさんにとっては好条件でも他の人々にとってはそうでなかったように思える。募集の内容から察したプロフェッショナルは応募にエントリーせず未経験者のAさんに仕事が回ったのではないだろうか。

では、どのような仕事だったのか。

土曜日はインスタグラムに使うポートレイトの撮影で都心にあるタワーマンションの一室へ出かけた。女性が個人用としてインスタグラムに掲載する写真を撮影する仕事のはずだったが、マネージャー風の男性が現場の進行をすべて仕切りあきらかにビジネス用の案件だった。日曜日は通販サイトで使う写真の撮影で、指定されたハウススタジオ(家屋やマンションの一室などを利用したスタジオ)を使い、これもまたクラウドソーシングで募集された一般人の男女モデルが雑貨品を使うシーンを撮影する案件だった。

──感染対策はありましたか。

土曜のタワマンの撮影では、マネージャーのような人が待ち合わせのときまではマスクをしていたのですが部屋に入ったらモデルといっしょにはずしてずっとそのままでした。20畳くらいの窓から光が入る部屋とカーテンを閉め切った8畳くらいの部屋で撮影して、20畳といっても3人がばらばらにいるわけではないので気がかりでした。
日曜の仕事ではクライアントはマスクをしていましたが、一般的な家の部屋でモデルの男女はもちろんマスクなしです。備え付けの空気清浄機が動いていましたが期待できそうもないですよね。

土曜日、マスクをつけていないマネージャー風の男性が指示や確認のためそばにいて遠ざかってほしいと思ったが拒否できず、マスクをつけるよう求めることもできなかった。日曜日、クライアントがモデルに「跡がついたり、メークが落ちるから」と休憩時にマスクをつけないよう指示していたが、懸念を感じつつ自分が口出しできる立場にはないと思った。

──マスクをつけてくださいと言っていたらどうなっていたでしょうね。

現場がギクシャクしたり怒らせたのではないでしょうか。仕事で客先に行って出てきた相手のマスクがウレタンだったり、マスクをはずして電話で話し始めたとき注意できますか。それと同じです。

クライアントとの間の歴然とした上下関係は募集と入札の段階からはじまっていた。

インスタグラム用の撮影は10,000〜25,000円、商品撮影は5,000〜10,000円で募集された。前者はポーズやシチュエーション違いを可能な限り撮影して数百カット納品、後者はレタッチなどふくめて3カット以上納品が条件だった。募集時に示される支払額の幅は「最高額の内容を最低額で受けられる人」を求めているのだとAさんは言う。Aさんは前者を11,000円で、後者を4,500円で落札した。

信頼関係があったうえでの受発注ではないのは、支払額が足元を見られているだけでなく「打ち合わせや連絡でもはっきりしています」とAさんは言う。要求に従えるか否かが問われ、受注側の事情は撮影日を決める際にのみ聞き入れられるような状況だった。

このような様子だったので打ち合わせで感染対策を口に出しにくく、言い出せなくても常識の範囲で誰もが感染対策をしているのがあたりまえだろうとも思った。

また有効性の有無は別としてPCR検査の話はどちらの発注者からも切り出されず、他の人々の状態をAさんが知ることもなかった。体調の確認もなく感染対策の注意事項もまったく示されなかった。

──どうして感染対策に無関心なのだと思いますか。

PCR検査をして陰性証明もらうのもただではありません。数日おきに頻繁にやって受注にそなえろとか無理で、受注額がふっとぶだけではすまない赤字になります。プロのモデルで事務所がしっかりしていれば別かもしれませんが素人モデルさんも同じでしょう。クライアントだって予算をつけられるはずがありません。同じように仕事のまえの自主隔離もあり得ません。

マスメディアに掲載される写真やテレビのドラマ撮影などでは、頻繁にPCR検査や体調の確認が行われているが、これでも感染者を皆無にすることは難しい。まして何も手を打たなかったり、現場の管理がずさんでは危険極まりないと言わざるを得ない。

──こうした問題をクラウドソーシングに伝えたり、相手の評価に書き込みましたか。

症状が出てつらかったのもありますが、波風を立てたくなかったので書いていません。相手がどう思うかわからないので、報復でこちらの評価が下がるようなことをされるかもしれません(*注)。それとクラウドソーシングに言ってどうにかなるのでしょうか。小物を自宅で撮影したり、商品を手に持った自撮りを送るとお金がもらえる仕事以外で対策が徹底できるとは思えません。

撮影の数日後、Aさんはさらに体調が悪化し入院した。感染の心当たりを聞かれたが、会社に情報が伝わり副業先で感染したと知られるのはまずいと思い「わからない」と答えた。副業での感染で本業を休まざるを得なくなったのは汚点であり、感染の原因はなんとしても隠し通したかった。

感染経路がわからないと答えたのはルールを守っていないし最低のことだったとわかっています。親には、相手にはっきり言えないおまえが悪いと言われてそのとおりです。だけど電車のなかでマスクをしていない人がいても、いまでも何も言えません。あのときもそうでした。

[*注/Aさんは次の2点を心配していた。仕事が完了する前にクライアントとトラブルになったり、クラウドソーシング側に報告してクライアントに指導が入った場合、仕事の態度や撮影品質に問題があるとされ支払いに影響が出るかもしれない。仕事が完了したあとの報告であっても、クライアントがクラウドソーシング側にどのような報復めいた反論をするかわからない。]


パワーバランスと感染対策

多くの人にとってクラウドソーシングは未知の世界であるだろうし、今回の件ではクラウドソーシング固有の問題があった。筆者はアシスタントなどを募集した経験があるのでいくつかのクラウドソーシングの内情を観察する機会が過去にあり、記事を書くにあたっていまどのような状態にあるか確認した。そのうえでAさんが直面した問題は簡単に解決できるものではないと断言できる。

なぜならパワーバランスの不均衡で生じる利害の衝突は普遍的な難問だが、他の関係や他の場所でも一掃できないからだ。筆者の人並みの社会経験から冒頭で紹介した家電工事のほかスーパーマーケットの店内でも従業員が困り果てているのを見たことがある。新型コロナ肺炎と関係なく、企業との取り引きでパワーバランスの不均衡のもと有無を言わせぬ状況に持ち込まれたことは一度や二度ではない。

「仕事で客先に行って出てきた相手のマスクがウレタンだったり、マスクをはずして電話で話し始めたとき注意できますか」

このAさんの言葉がすべてを物語っている。こんなことさえ誰もができるわけではないのだ。

最後にチェーン系クリーニング店で働く人の声を紹介して記事を終えることにする。

警察を呼べるくらいおかしなお客さんだったら逃げ出せばいいから楽かもしれません。迷惑なお客さんは、そこまでおかしくないから迷惑なんです。強く拒否するにしても、なんとかしてもらうにしても相手にするところから対応しなくてはならないからたいへんなんです。

この人は5年前に吐瀉物がこびりついた服を預かりノロウイルスに感染して苦しみを味わったこともあり、店頭に立ちながら新型コロナ肺炎が怖くてしかたないと言った。

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参考資料:Aさんがクラウドソーシングで仕事をした2020年10月と前後は次のような月だった。

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