ストックフォトで販売されていた福島蔑視写真と現在の福島県について
加藤文宏
ストックフォトを知る
福島県を蔑視する画像が販売されていた。原発事故の被害を深刻に見せかけ侮辱的な画像だった。問題となった「オンライン画像マーケットサイト」とは何か。上掲の記事ではiStockとAdobe Stockの例が紹介されている。
iStockはアメリカのワシントン州に本社を置く写真画像代理店Getty Images(ゲッティーイメージズ)が運営し、Adobe StockはPhotoshopなどソフトウエアを開発しているAdobe社が運営する、画像を貸したり売ったりする事業だ。これらはマイクロストックフォト事業と呼ばれ、インターネット中心の売買形態で、販売される画像にはアマチュアが制作したものを含み、ロイヤルティー(使用料)が低額であることを特徴としている。
iStockを運営しているGetty Imagesは、マイクロ級ではない完全なプロ対プロの「ストックフォト事業」を行う企業だ。世界で初めてオンラインによる写真のライセンスビジネスを始めて、職業写真家の撮影物を中心に扱い、出版業や広告業や報道機関との取引を主たる業務にしている。
マイクロフォトストックも、フォトストックも、闇雲に画像をかき集めているわけではない。このサービスに預ける画像は、まず内容を審査される。画像の出来不出来だけでなく、著しく公序良俗に反するもの、暴力や差別を肯定するものは却下されるほか、撮影されている人物の肖像権が適切に処理されているかなど確認される。
だが、iStockとAdobe Stockで「Fukushima」と紐づけられた画像を検索すると、冒頭に記したように福島県を蔑視する画像が表示される。なかには福島県と関係のない原子力発電所や、AIが生成した画像もあった。
●iStockの例
●Adobe Stockの例
iStockの運営元Getty Imagesで「Fukushima」を検索すると以下のスクリーンショットのように、マイクロストックフォト事業とは趣が異なった報道写真タッチの画像が表示される。
特に何も操作しないまま検索したとき「人気順」の上位から表示され、「放射能標識」をコラージュしたものこそないが、原子力災害を実際以上に甚大なものと思わせる画像が表示される。
●Getty Images 「人気順」の例
検索フィルターを「ベストマッチ」に変更すると印象がだいぶ変わる。一点ごとに付けられたタグ(意味付けや分類)から判断して、「人気順」では隠れていた、より本来の「Fukushima」の意味に近い画像が浮上してきたのだ。しかし「Fukushima」らしい画像は点数が少なく、福島みずほなど人名と関係するものが上位に混じり込んでいる。
●Getty Images 「ベストマッチ」の例
需要に支えられた蔑視
Getty Imagesで「Fukushima」を検索したとき、人気順とベストマッチで表示される画像があまりにも違った。
同様のフィルター機能はiStockにもあり、人気順では原子力災害と津波被害の画像が数多く表示され、ベストマッチではポジティブな印象を与える風景や名物の割合が高まる。さらに「最新順」にすると、福島県を蔑視した画像が見当たらなくなる。原発事故の被害を深刻なものに見せかける表現は、かなり以前のものだったのだ。
原子力災害を甚大にみせかける画像は、圧倒的に需要が高かった。需要があまりに高いため、ポジティブな印象を与える画像が目立たない位置に追いやられたままになっていた。このため、さらに需要が偏ったのだろう。しかも画像をフォトストックに預けて販売しようとする人々は人気の傾向に敏感なので、需要があるとみて蔑視画像が量産されたのはまちがいない。
独自の正義に支えられた蔑視
需要があっても、フォトストックに福島県を蔑視する画像が存在しなければ、人気画像として紹介されることはなかった。これらの画像が登録され販売されていたのは前述したように審査を通過したからだ。各社とも、公序良俗に反しないうえに、差別を肯定するものではないと見なしていたことになる。
画像のライセンスを受ける側も無制限に使用できるわけではない。
例として挙げた3事業(istock、Adobe Stock、Getty Images)は、画像をわいせつ的であったり誹謗中傷的な方法で使用することを禁じている。さらにAdobe Stockでは、「モデルが含まれる画像は、モデルにとって攻撃的と見なされる方法で使用することはできません(例えば、ロマンス小説や政治または宗教に関する書籍の表紙にモデルの含まれる画像を使用しないでください)。」としている。こうした制限は、被写体を保護するために設けられたものだ。
「Fukushima」で検索して表示される画像は、福島県が被写体であったりモチーフにされている。そこに福島県民が撮影されたり描写されていなくても、AIが生成した捏造画像であっても、表現の矛先は県であり県民であり関係者だ。
Adobe Stockでは、都市景観ではなく特定の建築物を撮影した画像は審査で排除され、他のサービスでも建築物が入り込んだ画像の扱いについて規約が設けられている。なぜなら、建築物を所有する者の権利を侵害しかねないからだ。
建築物の所有者が保護されるなら、福島県が被写体であったりモチーフにされたとき、県民と関係者の権利も尊重されなければならない。しかし各社とも被写体とされたりモチーフにされた福島県と、福島県に含まれる県民や関係者を保護する気がない。
ストックフォト事業社にとって、海や魚や寿司に「放射能標識」を貼り付けた画像や、あきらかに福島第一原発ではない原子力発電所の画像は、ありふれた観光写真や名物画像と何ら変わらないようだ。
だが、こうした画像は実在する人物の肖像に「バカ」「変質者」などと落書きしたり、印象操作のため無関係なものを結びつけたコラージュ画像とまったく同じものだ。つまりストックフォト事業社は、福島は蔑視されて当然であり、こうした意図のもと画像を制作するのも、販売するのも、使用されるのも正義であるとしていたことになる。
福島県を象徴するもの
ハフポスト日本版に記事が掲載される直前の2月19日から20日にかけて、福島県いわき市で取材を行い一般の人々からiStockとAdobe Stockへの感想を聞いた。
ラップトップコンピュータの画面で両ストックフォトの検索結果を見てもらうと、40代の男性Aさんは「これがFukushimaで探して出てくる画像ですか? ひどい。こんなのは福島ではないですよ」と言い、50代の女性Bさんは「誰がこんなものをつくってるんですか。売ってる人も、買ってる人も、頭がおかしい」と言った。
Aさんは震災と原発事故の影響で被災地からいわき市へ移住して10年以上になる。地域の経済を支え発展に寄与したと東京電力を評価するとともに、事故は「償いきれるものではない」と複雑な感情を抱いている。
「東電にふっきれない気持ちがあっても、インチキな原発画像は不愉快です。放射能マークがつけられた寿司……この魚が常磐もの(福島沖で漁獲される魚)というなら漁業関係者も、飲食店も、私たちも、とんでもなくバカにされている。審査されているというなら、チェックした人たちにもバカにされていることになります」
ほがらかなAさんの表情がこわばったままになった。
Bさんは高校卒業後に専門学校へ入学するため上京しただけでなく、現在も友人を訪ねて東京都といわき市をしょっちゅう行き来しているという。
「事故のあと、はじめて東京へ行ったときは雰囲気がおかしかったのを憶えています。いまも、あのままの人たちがいるんですね。外国なら、特にそうかもしれない。でも日本にも、たくさんいるのでしょうね」
黙り込んでしまったBさんの前で、iStockのサイトを操作して「人気順」と「ベストマッチ」を切り替えてみた。
「ベストマッチは、まあこんな感じかな。でも人気なのは、原発とか被曝のひどい写真。こうであってほしいんですね。勝手すぎます」
とBさんは皮肉っぽく笑った。
原発が立地している双葉郡の隣に、いわき市がある。いわき市の海にも山にも市街地にもストックフォトのような悲惨さはなく、あたりまえだが汚染された食べ物も、その食べ物を口にして病気になった人もいない。
福島県は広大で、人々の暮らしは多様だ。しかも海沿いの浜通りを象徴するものは原発事故ではない。浜通りを象徴するものは、震災と原発事故を克服した人々の姿のはずだ。
(福島県蔑視画像にAIで生成されたものが少なくなかった。AIと風評被害、AIと人権の問題について、会員制記事で論考しようと思う)
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