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ワクチン忌避を煽った医師が神真都Qや多数の陰謀論者を生み出した実態

ワクチン害悪論を煽る医師や研究者が生み出したものはワクチン忌避者だけではありません。そして彼らは何ひとつ後片付けをしないまま承認欲求やビジネスを追求しています。

著者/ケイヒロ
聞き取り/Kヒロ+ハラオカヒサ:プロジェクト

もうひとつの神真都やまとQストーリー

陰謀論集団である神真都やまとQの構成員を妻に持つ方からメールが届いた。

「真面目な妻が神真都Qに至るキッカケを作ったのは、大阪市立大学井上正康名誉教授、神戸のナカムラクリニックの中村篤史先生そして鹿先生(筆者注:北海道の開業医)でした」

これまで神真都Qが「居場所」を失った人々にとって自己肯定感あふれる場所になっているのを指摘してきた。パワハラによって降格されたあと何をやってもうまく行かなかった男性や、計算などが不得意なため複雑化する社会に生きづらさを感じ続けてきた境界知能の女性は象徴的かつ典型的な例と言ってよい。


だが、このような居場所を失った人とまったく異なる経緯で神真都Qにたどりついた人たちがいる。冒頭で紹介した女性はどこにでもいそうな真面目な人物で仲睦まじい家庭の一員だった。彼女は居場所を求めて神真都Qに向かったのではなく、不安を解消しようとワクチンの副反応情報をウインドウショッピングするように収集しているうちに偏った考え方に陥り、この偏りが先鋭化して神真都Qに取り込まれたのだ。

同じ経緯で神真都Qの構成員になった例があっただけでなく、Qアノンや反ワクチン陰謀論といったものを信じるようになった例も複数確認している。そして、こうした証言ではワクチン忌避だけでなく陰謀論にはまるきっかけとして医師や研究者の名前がかならずあがり、その面子はせいぜい10人で中心人物とも言えそうなのが5人といったところだった。

ワクチン忌避だけでなく陰謀論への橋渡し役にさえなっている10人程度の面子はテレビや雑誌に登場したり、著書を出版して講演会で反ワクチンや反標準治療の正当性を主張している人々だ。つまりコロナ禍になって露出が増えたあの面々である。


不安を消し去るためのSNSが落とし穴だった

Aさんが19歳のとき、5歳上の兄が半年の苦しい闘病生活を経て病没した。

「兄が死んだ歳に自分ももしかしたら死ぬのではないかという気持ちがありました。いまも何かあるたび病気になって死ぬのではないかと考えてしまいます。自分で自分に呪いをかけているのはわかっているのですが不安を消し去れません」

健康オタクと自認しているAさんは体によいバランスのよい食事を摂って運動を欠かさないよう努力していたが、腹部の痛みを重病ではないかと疑ったのがきっかけでネット検索とSNSでの情報あさりにはまった。

「はじめは病院のコラムやWikipediaを読んでいましたが、もっと知りたいと考えるようになってSNSを病名や症状で検索して読むようになりました。個人がやっているブログは怪しいと思う感覚があり、SNSに書かれている内容の正しさは自分で判断できると思っていました」

重病の疑いは晴れたが、健康情報への興味によってSNSから目が離せなくなった。SNSには患者や家族を苦しめる医師の話が満ち溢れていて、医師を見限って独自の方法を選択したことで症状がよくなった逸話がいくつもあった。いつの間にかAさんは、苦しむばかりだった兄の闘病生活を思い出して医師や医療機関への怒りが頂点に達していた。

このときコロナ禍が世界を覆った。SNSで知った井上正康名誉教授の著種をまとめ書いして、後に反ワクチン本も手に入れた。その後はAさん曰く「数珠繋ぎのように次々と」中村篤史医師、内海聡医師、長尾和宏医師、宮沢孝幸准教授ら反ワクチン派やイベルメクチン派の医師と研究者を信奉するようになっていった。

「まったく気づいてなかったのですが、兄が死んだときから標準治療を疑いやすい状態になっていたんだと思います。四六時中、TwitterやFacebookを見てまわっているうちにスイッチが入ってしまいました」

反ワクチンは戦いだった。

「兄はワクチンで死んだのではありませんが、傲慢な医療に対して兄の弔い合戦をしている気分でした。医療が憎いのとワクチンを勧めるのが憎いのがひとつになっていたのです」

そしてAさんは2022年の初頭にふたつのターニングポイントを迎えた。

「ここが戦える場所になる予感がして、神真都Qができた直後に会員登録をしました」

こうしたさなかに母にがんが見つかった。近藤誠医師はもちろん内海聡医師などが発表している意見が参考になると思った。さらにがん放置療法や代替医療の情報をこれでもかと集め、母を標準治療を否定する自由診療のクリニックに連れ回した。

ある日、「こんなことをしたいんじゃない」と母から言われた。母はAさんの言葉をまったく聞き入れなくなっただけでなく、既に標準治療を行う病院で治療をはじめていた。神真都Qの活動は、母の治療で頭がいっぱいになって1回だけデモに参加しただけだった。そうこうしているうちに構成員の逮捕だけでなく公安監視対象になっていることがわかり、どこからどうやって活動を再開させたらよいかわからなくなっていた。

神真都Qは初期に会員登録の仕切り直しをしているため、登録がいまだに有効かAさんはわからないと言う。いずれにしても憑きものが落ちたように神真都Qへの好意は消え去り「いまはいろいろなものが初期化されたような気がする」そうだ。


代替療法から陰謀論への引き返せない道

うつ病で療養中のBさんは、妻のがん治療をフォローするだけでなく仕事と家事と育児を並行して行う難しさに直面している。

「妻は乳ガン患者で、反ワクチンで陰謀論者です。標準治療を拒否して代替医療にすがって悪化しているのに未だに考え方を変えません。陰謀論から少しでも気持ちがそれるならと子犬を迎えたり、満足行くまで怪しい医療機器(マイナスイオン、水素水、ガス生成器等)にも付き合おうと妻の意思を受け入れています」

Bさんの妻はがんを告知される前から、免疫力を高めれば薬はいらないと主張する医学者の安保徹氏を信奉していた。さらに彼女は安保氏の講演会などを通じて内海聡氏、船瀬俊介氏、崎谷博征氏を知り、これらの標準治療を否定する医師や論者の説に心酔していった。

反標準治療の考え方に感化されたBさんの妻が、医療は人殺しを行う医療マフィアに牛耳られていると考えるようになり反ワクチン陰謀論を信じるようになるのは時間の問題だった。さらにコロナ禍に入るとSNSの影響を受けてQアノン信者になった。

「妻が乳がんのセカンドオピニオンをうけたのはEM菌を勧める田中佳医師で、内海聡氏の東京DDクリニックにも通院していました。こんなふうに代替医療のパッチワークになっていましたが、宗像久男医師のカウンセリングは妻にとって頼みの綱だったと思います」

Bさんと妻が宗像久男医師から指定された新宿御苑駅近くの雑居ビルを訪ねると、彼は応接ブースで病院の診断書をチラッと見ただけだった。

「『術後はこの程度なら抗ガン剤よりサプリメントでいいんじゃないかな』というアドバイスでした」

Bさんは口にこそ出さなかったが宗像久男医師のいい加減さと金儲け主義にあきれ、なんとしても手術をしたくない妻は放置療法を受けたいと粘った。

カウンセリングを受けた数ヶ月後、ワクチン害悪論を主張してワクチン未接種だった宗像久男医師は新型コロナ肺炎で死亡した。それでもBさんの妻は陰謀論を信じているほか代替医療への期待を捨てられず、現在も手術なしで寛解する道を探し続けている。

「妻は説得に応じるつもりがなく、希望が通らなければ不貞腐れて手に負えないのです」とBさんの心配と苦労は絶えない。


インチキ療法と陰謀論は断言ではじまる

紹介した陰謀論者3名は個性の違いがあるものの、どこにいても不思議ではないありふれた人たちだ。共通項は、健康について情報を集めるうち標準治療やワクチンの接種を否定する医師や専門家に出会い視野狭窄に陥って、そのまま躊躇いもなく陰謀論を信じるに至っている点だ。

冒頭で紹介した女性はワクチンの副反応を心配していた。Aさんは兄の闘病と死が心に取り除きがたい不安を残していた。Bさんの奥さんは自然志向が強く科学的な医療への漠然とした不満があった。別の機会に紹介しようと思うが、末期癌の親が抗がん剤治療で苦しみ抜いて亡くなったことが後悔になり、標準治療を否定する医師だけを信じた例もあった。

なぜ標準治療やワクチン接種の推奨で心配や不安や不満を打ち消すことができず、標準治療を否定する代替医療やあやしい療法(やワクチン忌避)を信奉するようになるのだろうか。これまでの取材で得た証言を整理すると以下のようになる。

●発端A
1.まっとうな医師や研究者は、医療には不確実性があることを説明する。
2.不確実性とは治療やワクチン接種で予測できない結果が出たり、必ずしも望み通りの結果が出るとは限らないことなので、メリットとリスク双方が順を追って説明される。
──医師や医療を神格化しない(させない)態度

発端B
3.いっぽうワクチン忌避だけでなく陰謀論への橋渡し役にさえなっている医師や研究者は、標準治療やワクチン接種を否定するときかならず強い断定をもってする。医療の不確実性に含まれるリスクを強調して、揚げ足取りの材料にする。
4.こうして標準治療やワクチンは劣ったもので、インチキな自由診療やワクチン忌避が「特別にすぐれた選択」であると自信満々に説明する。
──自らと自らの施術を神格化する(させる)態度

●反応
5.強い断定で標準治療やワクチン接種を否定されると、不安や不満や後悔を解決する信頼できる情報であると感じる人が現れる。
6.断定する医師(研究者)への個人崇拝がはじまる。

●影響
7.SNSでは「不確実性の説明」と「質問や理解」の組み合わせよりも、「断定」と「断定への賛同」の組み合わせのほうが圧倒的に人気を得やすい。このためSNSで標準治療やワクチン接種を否定する情報が拡散され、これらのほうが説得力があるように見えがちである。
8.以上によって視野狭窄に陥る。

次は躊躇いもなく陰謀論を信じるようになる理由を整理する。

カタルシス
1.医療への不安や不満や後悔が力強い断定で解決されると、いままでにないカタルシス(心の中に溜まっていた感情が解放され、気持ちがせいせいと浄化されること)を経験する。
2.断定できない人やものごとは価値がないと思うようになる。

陰謀論
1.すべての陰謀論が断定につぐ断定の連続でできあがっている。
2.標準治療やワクチン接種を否定する人々は、「これらは有害なのに利権や金儲けのために行われるている」と陰謀論を展開する(医療陰謀論)。

親和性
1.断定できない人やものごとは価値がないと考え、「邪悪な連中によって医療で悪事が為されている」とする医療陰謀論を信じた人は、この段階で既にさまざまな陰謀論との親和性が高くなっている。
2.コロナ禍の不安と混乱を背景にして陰謀論に健康や医療にまつわるストーリーが多数組み込まれた。医療陰謀論と他のさまざまな陰謀論は地続きである。

きっかけ
1.親和性が高いため、反標準治療や反ワクチンと陰謀論はSNSではお隣さん同士である。
2.共通の話題を扱うため、状況や心理状態によっては躊躇いもなくさまざまな陰謀論を信じるようになる。


さらに複雑化する問題

ワクチン忌避を煽った医師や研究者が陰謀論者を生み出し、Qアノンや神真都Qなどに橋渡している実態があった。このうちひたすら自説を主張して承認欲求を満たそうとする者がいるいっぽうで、代替医療やインキチ療法に誘導する者がいるため陰謀論にとどまらない被害が発生している。

代替医療やインキチ療法だけでなく、狩場となったSNSを舞台に落穂拾いに勤しむ連中が多数登場したのがコロナ禍だった。

「SNSで重曹とクエン酸と塩がやたらに健康によいと言われたのは、何百万円も代替医療にお金を払えない人を勧誘するためです。勧誘して重曹を売ったところで儲からないから別の商売で搾り取るつもりでしょう。たまたま自分は代替医療のほうへ行きましたが、重曹に行ってしまう人の気持ちはなんとなくわかります」とAさんは言う。

落穂拾いに勤しむ商売人は、メリットとリスクを説明せず断定につぐ断定でおかしなビジネスに勧誘する姿勢まで、ワクチン忌避を煽った医師や研究者にそっくりだ。

信じた者たちの人生の質と命が損ねられても、狩場をつくった医師や研究者と落穂拾いの商売人たちは誰一人として責任を取らず、取れるはずもないのである。勝手に信じて、勝手に選択して、勝手に自滅する人がいるだけの自業自得と切り捨てられる問題ではない。

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