日常の謎〜修学旅行お土産事件〜

高校の頃からの付き合いの女友達がいる。もう十五年になるだろうか。大学での繋がりが継続して今の人間関係になっている僕にとっては、彼女は過去を知る大事な昔馴染みであり、また高校の思い出話ができる数少ない友人なのである。

数年に一度連絡を取る程度の間柄なのだが、そんな彼女と会うたびに、必ずする話の一つが「修学旅行お土産事件」だ。これを書くにあたり、あえて便宜上そう名付けただけで、二人で話す時にそういう風に呼んだことは一度もない。「あの話」で通じる。ようはそんな気心の知れた仲なのである。

事件、と大袈裟に書きはしたものの、この話で傷ついた人間は誰一人いない。ただ、喉の奥に刺さった魚の小骨のような、そんな不可解さだけが残っている。それは謂わば「日常の謎」と呼ばれる類の事件であり、ミステリ好きな僕が遭遇した数少ない謎の一つである。


・問題編

事件自体は単純で、修学旅行の後、振替休日を挟んだ翌日に、修学旅行を休んだクラスメイト四人の机の上にそれぞれお土産が置いてあったという、ただそれだけの話だった。みんなは修学旅行に来れなかったクラスメイトのために、担任が気を利かせて買ってきたのだと思っていたが、担任の身に覚えがなく、またクラスメイトの誰もが実行不可能だったため、ちょっとした騒ぎになったのだ。その日僕が登校した時、謎のお土産の話で教室が騒然としていたのを覚えている。

修学旅行の行き先は北海道。二泊三日であり、解散場所は高校だった。

その日、教室に行ったのは担任含めて六人。なぜ解散した日にわざわざ教室まで戻ったのかは忘れてしまったが、写真を撮るためだとか、そんな取るに足らない理由だった気がする。修学旅行先だけではなく、その締めとして教室で写真を撮りたかったのかもしれない。

ともかく、担任含めた六人が教室に戻ったその時には、お土産らしきものは机の上には無く、また誰も置かなかったとのこと。お土産は銘菓と呼ばれる類の菓子折りで、机の"中"に入れておくならまだしも、置かれていたのは机の"上"で、残り五人の目を盗んで一人でこっそり四人分のお土産を机の上に置くのは不可能である。最後に教室の鍵を閉めたのは担任であるため、誰かが残って置いたというのは考えられない。

ちなみに教室の鍵は職員室で管理しており、記名式で、生徒が借りる場合、借りた生徒の名前を名簿に書くのが規則になっている。修学旅行最終日、すなわち解散した日から、振替休日を挟んだ翌日までの間に鍵を借りた生徒は誰一人としておらず、振替休日は部活動も休みなため、振替休日の時に生徒が教室に来ることもありえない。

生徒が無理である以上、そうなると、実行可能なのは教師だけになるのだが、休んでいた生徒へのお土産は事前に担任が買うという取り決めになっていたらしく、買ったお土産はすでに休んだ人に渡したとのこと。他の教師が買うというのは信じ難く、当然、他の教師にも身に覚えがない。なので謎を解き明かすべく、クラス総出で犯人探しが始まったのである

当時一番ホットだった推理は、最終日に教室に戻った生徒と担任含めた六人の共謀説である。担任を除く五人の生徒の中の誰かが実行犯で、残りの生徒と担任がそれを内緒にしたというもの。確かに全員がグルだったと仮定すれば、秘密にしたのはやや疑問が残るものの、生じた謎に一応の説明はつく。

しかしこの説はあらゆる方向から突き崩された。

まず、机の上に置いてあったお土産の種類である。修学旅行でのお土産を買うタイミングは班ごとの自由行動であり、それによって選ぶお土産の種類も変わってくる。置いてあったお土産に、その場にいた五人の生徒では買えないはずのお土産があったのだ。それだけなら他のクラスメイトからお土産を委託されたという線も考えられるが、わざわざ犯人を隠蔽するためにそこまでやるという理由は考え難い。推理は一気に暗礁に乗り上げた。

決定的だったのは第二の理由で、最終日当日の校舎見回りの人からの証言である。

解散場所が高校で、校内に入った以上、守衛による戸締りの確認があるのだが、教室を確認した時にお土産らしきものは机の上に置かれてなかったとのこと。これで最終日に教室に戻った人間による共謀という説は完全に覆され、下火になってしまった。

修学旅行最終日が無理なら、振替休日の翌日、つまり事件が発覚した日の早朝に誰かが置いたのではないか。次に出た説はこれだった。

だが、お土産の第一発見者は修学旅行を休んでいた四人のうちの一人で、教室の鍵を借りて最初に教室に入ったのも彼女である。ミステリ的な言い回しをするなら、彼女が入るまで教室は「密室」だったというわけだ。教室に来た時には、すでにお土産は机の上に置かれていたらしい。その証言によって、この説もすぐに消えてしまった。その後も色々検証はしたものの結局特定には至らず、そのまま迷宮入りし、今に至る。





「いい加減、みんなにバラしてもいいんじゃないかな? 誰も怒らないよ。私は知ってるよ。その犯人」


・解決編

修学旅行を休んだ四人のうちの一人は、実はその女友達なのだ。そして、彼女がお土産の第一発見者なのはさっき書いた通りである。

ここまで書けば分かるだろう。何を隠そう、修学旅行お土産事件の真犯人はこの僕である。

お土産を置いたのは振替休日の翌日の早朝で、最初は机にこっそり入れておくつもりだった。それなら鍵を借りたのが僕でも、休んでいた四人が来るまではお土産のことは分からない。またその四人が来るまでに他のクラスメイトも登校するので、誰が机に入れたかまでは完全には特定できないだろう。最初はそんな浅い考えだった。職員室に行き、鍵を借りようとしたら、そこで先に登校していた女友達と鉢合わせしたわけである。

そして口裏合わせと裏工作を頼んだというのが真相だ。目立つようにわざと机の上に置くというのは悪戯心のある彼女のアイデアで、これがあったから誰も特定できなかった。紐解いてみればなんてことのない事件だが、こういった謎のオチはいつも肩透かしであり、そして大抵がつまらないものだ。そしてそれを、僕はいまだに女友達に会うたびに弄られている。

女友達が最初に教室に入ったことは教室の鍵を借りる時の名簿で証明されている。僕が教室に来たのは順序で言えば二番目であり、すでに教室の鍵は開いているため、名簿の記録には残らない。そして僕が来ていたことは、最初に登校していた女友達しか知らない。机の上にお土産を置いて最初に発見するように頼んだあとは、トイレで時間を潰し、騒がしくなった頃に何食わぬ顔で教室に戻り、狂騒に参加したというわけだ。

動機、つまりは何故お土産を堂々と渡さず周囲に隠したか。犯人なのだが、実のところ、それは自分でもよくわからない。ただなんとなく、あの時はそうするのが正しいと思い、そしてそれは、恐らくは思春期特有の気恥ずかしさなのだろう。当時はなぜだかそういう善意の行いに対してとても抵抗があり、なるべくなら隠しておきたいと思っていた。はっきり言えば「キャラ」じゃない。なので卒業までずっと周囲の友人には秘密にしていた。実際はそんな程度の、青臭い話なのである。

「ところでなんであの日、あんなに朝早く学校に来たんだよ。部活動にも入っていないのに」
「忘れちゃった」

そう言って女友達は笑う。なぜ彼女はそんな朝早くに来たのか。なぜ隠蔽工作に加担してくれたのか。謎はまだいくつも残っていて、それはたぶん解けそうにはないだろう。そしてこれからも、僕は彼女に会うたびに、この話題で弄られることを繰り返す。芽吹いた小さな謎は、友情が入り混じった共犯関係の中で、いつまでもひっそりと残り続ける。

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