娘を産んでも、わたしは何も変わらなかった
お腹に子どもができる前から周りの人によく「子どもを産んだら、女の人って変わるよね」と、言われてきた。だからなんだかすごく、産むのが怖かったことを、ふと思い出した。自分が自分じゃなくなる、らしい。好きだった人が好きじゃなくなる日がくる、らしい。
当たり前だけれど、わたしの前例はどこにもなく、先が見えなくて不安だった。
じゃあ実際に産んでみてどうだろう。6か月経って振り返ってみた。答えは一つ。意外とわたし、なんにも変わっていない。
一番安心したのは、夫を嫌いにならなかったこと。どうしてもホルモンの関係で、男性を遠ざけたくなる気持ちになることがあるらしい。喧嘩はたまにするけれど、別に生理的に無理とか思ったことはない。
生まれたら可愛すぎて、保育園や幼稚園に入れたくなくなるかも!なんて思っていたけれど、そんなこともなかった。早く保育園に入ってもらって、自分は仕事の幅を増やしたいなあとぼんやり考えている。
気になるお店(主に本屋さん)ができたら、いの一番に飛んで行きたい!という気持ちも変わらない。もう少し自由がきくようになったら、変わらずわたしは家を飛び出して行くんだろう。
娘に母の背中たるものを見せようと、料理に夢中になったりするんじゃないかと思ったこともあったけれど、やっぱりそんなに得意じゃない。離乳食はなんだかおままごとの延長みたいで楽しいからできているけれど。
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そういえば以前、出産前の検診のある日のこと。娘がなかなかお腹のなかでいい位置におらず、いつ行っても4Dの機械で顔を映してもらえなかったことがあった。せっかくの検診のタイミングなのに残念……、とぼやくと先生にこんなことを言われた。
「機械が進歩しちゃったから、みんなそういうけどさ。あと数ヶ月もすれば会えるんだよ。そうしたら嫌でも顔が見られるんだよ。今見えなくたって、気にすることない」
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今の時代はなんでも先のことがある程度分かってしまう。そうして分かって、安心することができる。未来を知った気になって、予測することができる。
でもどうだろう。なんでも分かってしまったら、つまらないこともあるかもしれない。
今でも先が分からないことって、いっぱいある。
わたしのキャリアはどうなるの。どんな仕事をしていきたいの。娘はどんな風に育つの。わたしたち家族はお金の心配なく、生活していけているの。娘が大きくなるころに、社会は良い方向に変わっているの……。
不安は不安のままでいい。だってどうやったってわからない。大切なのは、分からない未来にほんの少し手をかけて、望む世界に近づくようにすること。
人生は分からないから面白い。まずはその感覚を楽しめれば十分なのかもしれない。
ホステルやゲストハウスなどの「地域コミュニティ」を創っている方々に会いに行って、勉強させてもらい、タバタバーに持ち帰ります!