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ぼくにとっての、とっておきの山歩き

森吉山麓ゲストハウスORIYAMAKEの織山です。
秋田県北秋田市でマタギ文化を知ってもらうための宿とアウトドア体験を2018年から実施中です。

はじめに

今日はその『アウトドア体験』について書いていきますね。
アウトドア体験として行っているメニューはいくつかあるのですが、今回は特に【山歩き】に関して私の考えをまとめてみます。

が、ちょっと冒頭から脱線させてください。
そもそも、なぜこんな記事を書くかというと、やっぱり情報発信って大事だなと思うのと、もし共感をしてくれる人がいたら嬉しいなという単純な思いプラス、北秋田市から出て行った若者(20~30歳代)に何かしら「帰ってみてもいいかもな」という思いを想起させるものを作り続けたいからです。(見てるかな…?)そんな下心は隠したまま、裏テーマとして設定していればイイだけの話なんですが、まわりくどいことが面倒くさい年ごろになってきたので、最初に狙いを書いておきます。(書いておかないと自分自身も忘れてしまうかもしれない)

私が猟友会に入ったのは31歳のときで、会の中では一番年下だったのですが、今は39歳になり、来年には40代になってしまいます。その時に、20歳代や30歳代の後輩を作れていないのは自分の責任もあるのではないかという考えで、日々悶々としている最中。
その手始めとして、まずは北秋田市に帰りたいな、と思うきっかけの種をどんどんバラまいている行動のうちのひとつがこれなのです。

でも、ただ「帰ってこい」というと、まるでワンセットの言葉のように「仕事がない」という返事が脊髄反射で跳ね返ってきます。
ですよね。慢性的な人手不足で、仕事はいつでも大量にあるのですが“やりたい”仕事がないということ。「やりたい仕事がなければ作ればいい」と私も移住した当初は思っていましたし、言っていました。最近はそんな投げやりなことは止めて「若者が帰ってきたくなるような仕事づくり」を意識しています。やりがいのある、それでいて儲けることができる仕事。

私は、この地域でもその目標を達成できる業界を探して探して、ついに出会ったそれこそが「観光」であり「山歩き体験」なのです。この道の先には明るい未来があると信じて活動を続けています。お客さんも自分自身も楽しめる、それでいてオモックソやりがいのある仕事が「観光」であるし、私の仕事に関係してくれる人には最低でも手取り月収30万円を渡せるようにしたい。そう思っています。

あ、でもこれは決して「地域のために」とかじゃないんです。3億年前は地域全体のために、と思って活動していましたが、それは誰も望んでいないし、自分自身が不幸になることがとても多かったです。
今はあくまでも「自分のために」やっていますし、お客さんと歩く「山歩き」が単純に楽しいからこそ続けられています。

そんな「山歩き」について、書いていきますね。

私にとっての山歩き

私には「山歩き」がなくてはならない存在です。
子どもの頃は1日12時間テレビゲームをしているような生粋のゲームキッズだったのですが、あることに気が付いてから、山歩きに対する考え方が180度変わりました。

結論から言うと、それは私にとって山歩きが【生きづらい世の中と折り合いをつける唯一の方法】だと気が付いたからです。

私は所謂、寂しがり屋の1人好きというのに近いのかも知れないですが、外野から賑やかなのを見ている分には楽しいけれど、輪の中まで入ると居心地が悪い、という人間でした。小学校から大学を卒業するまで、いわゆる天邪鬼に生きてきたのです。とにかく他の人と違う方向へ、同じことをしたら死ぬと思ってやってきました。だから高校は家から遠いところへ、大学は周りの友人が誰も受験をしない美術系を選びました。今からして思えば、1秒でも早く1人で生きられる力を身につけたかったのかも知れません。

でも、結局のところコミュニケーションが上手くとれなければ、この世の中には居場所がないのも事実。

美大を卒業しても自分にはめぼしい才能がなく、アダルトビデオ業界に入り、日銭を稼ぐだけの日々。何者でもない自分が許せませんでした。そして2011年3月、東日本大震災でさらに強まる無力感。

そんな時に北秋田、祖父母が暮らしていた森吉地区に引っ越してきました。

初めは敬遠していた裏山に、次第に実父と一緒に入るようになり、段々と走行距離を伸ばしていったのです。ふとした瞬間に、子ども時代に棒切れを振り回しながら歩いていた記憶がよみがえってきて楽しかったのもあります。ゲームのやりすぎでゲーム機を取り上げられた際の暇つぶしでしかなかった「山歩き」を初めて主体的に捉えなおして、自分ごととして歩きだしました。
ある時、GPSの地図だけを頼りに尾根づたいに行ける所まで行ってみようと思いました。体力もついてきて、熊に会ったときの対処法も勉強した。尾根歩きは楽しいからもっと遠くまで歩いてみたい。木が左右に分かれている間を駆け抜けるのだ。こんな小さな裏山くらい、簡単にぐるりと1周できると思っていました。

しかし、途中で水もなくなり、脚が重くなり、ちょっとの坂でも登れなくなってしまいました。完全にペース配分を間違えて、バテバテにバテ果ててしまったのです。行動食だってあめ玉くらいしかない。

ドッドッドッドッと重低な心臓の音が大きく聴こえてきます。眉間あたりで血管が皮膚を打つ響きを感じながら、私はその場で仰向けに倒れ込み、大の字になって呼吸を整えることにしました。

何も考えられない。脳みそがグラグラ煮えていました。でも、五感はビリビリと震動していたのをよく覚えています。

山はこんなにもデカいんだな、とそのとき初めて山に感動しました。

山の中で力尽きたとき、山は何者でもない私を受け入れてくれていました。風の音、鳥の声、虫が手の甲を這う感触。意識が地面へ沈んでいき、山や森や自然と一体になれたような感覚があったのです。

それからです。宿に泊まってくれるお客さんを連れて裏山を歩くようになったのは。最初は名前もない、一見すると何もない裏山に、観光客を連れて行って楽しませることができるはずがない、と思っていました。でも、何もない山でも、私が感じたことをそのまま素直に伝えるだけで、お客さんには何かが伝わっているようでした。
まず、やってもらいたいことは、山の中でゴロンと寝転がること。これは日常から解放されたような感覚がして気持ちがいい。こんな簡単なことでも、国立国定県立の自然公園ではやりにくい。整備された登山道ではできない体験だからこそ価値がある。名もなき裏山を歩くことでしか得られないものもありました。

山の哲学

山の中は【究極のインドア空間】だと思います。
(最初に言ったのは私の妻)

ひっそりとした森には自分の心が映り込みます。

特に、誰ともすれ違わない裏山は最高の一言。

山を歩きながら、ゆっくりと一歩ずつ自分の内側を見つめて進む。そんな体験をしてみたら、もっと生きやすくなる人が、今の世の中には沢山いると思うのです。真面目な人、正直な人ほど苦しい思いをしていると感じています。

そんな時に、ORIYAMAKEの裏山で、誰ともすれ違わない「山歩き」を体験してみたら、きっと肩の力が抜けて、久しぶりに腹の底から笑ってみたくなると思うのです。

この小さな小さな場所で、
そんな山歩き体験を勧めていきたい。

人間の世界で生きづらい人たちへ、そんなクソみたいな世界を軽く飛び越えて、動植物の世界や、目に見えない者たちの世界も体験してもらいたい。

そんな気待ちで今日も私は山を歩いています。

時にはトボトボ。明日はタッタッタ。日常の誤差のような差異を楽しみながら、自然に翻弄されながら。

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以上でおしまいです。ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。
ちなみに今日は妻の誕生日なので、スキを押してくれた回数だけ、私から妻へスキって言っておきます。
(7月26日追記:12スキありがとうございますっ!!)

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