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キスシーンの描写の改稿

こんにちは!
刊行から約一ヶ月。刊行記念ということで、これまで雛倉さんのYouTubeで様々な企画をやってみました。

もうご覧いただいていますでしょうか。


新人賞の選考の裏側についてインタビューいただいた回が特に人気のようで、応募を考えていらっしゃる方がご覧下さったのかなと想像していました。


さて、今回は新人賞の選考の場でも話題になることの多い、ポリティカルコレクトネスに関わる問題について書きたいと思います。

性描写やそれにまつわる考察が含まれますので、ご注意下さい。




これまでの記事でも書いてきましたが、主人公の揺は極めて受動的な性格の人物です。その揺が、ふとした会話から、後輩の水晶が内に秘めた欲望に気付き、それに応えようとする場面について取り上げます。


まずは第一稿をお読み下さい。

第一稿


雛倉さんより、この場面を書かれた意図についてコメントをいただいております。


雛倉さりえさん
「水晶は、さみどりという上級生に憧れと好意をもっている生徒です。さみどりと曖昧な関係を続けている揺に、嫉妬と怒りを抱いて近づいてきます。猛然と突っかかってくる水晶が、けれど意識下では誰かとのつながりを素朴に求めているだけなのだと揺が気づき、その欲求に応えるシーンです。
いっけん揺が能動的に水晶を欲望しているようにみえますが、〝他者の欲望を汲み取って応える〟という彼女の受動性が、水晶の無自覚の呼び求めに対して発揮されただけで、そこに揺自身の欲望は介入していません。」


第一稿を読んで私が気になったのは、揺の行動があくまで「相手の欲望に応える」ための受動的なものであることが読者にも伝わるかどうかでした。この点を理解してもらえないと、揺が無理やり水晶にくちづけたようにも見えてしまい、場面自体が全く違った受け取られ方をする可能性がありますよね。


言うまでもなく、誰かの身体に触れる時は、必ず相手の了解を得た上でというのがルールです。更に言うと、同意を得ていない性的接触は暴力にあたります。

個人的には、現実世界での性的同意についてはもっと徹底されるべきと考えていますが、創作物の中での扱いについては様々なスタンスの書き手がいて、正解があるわけではありません。

書き手だけでなく読み手も、「作中の描写であれば気にならない」という方がいる一方、「現実でNGとされていることがスルーされていると引っかかってしまう」という方もいますよね。人によって反応も違うので、どこに基準を合わせるのかは迷うところです。


というわけで、この場面について雛倉さんにお伝えするか少し悩んだのですが、揺がどう行動するか(読者にどう見えるかも含め)はその後に描かれる彼女の過去とも深く関連することでしたので、気になったポイントについてご相談することにしました。


その後、雛倉さんとやりとりを重ねて、原稿が少しずつ変わっていきました。YouTubeをご覧の方はお分かりかもしれませんが、雛倉さんはとても冷静で論理的な方です。こういう繊細な問題に関しても、じっくりとご相談ができて本当に有難かったです。

第二稿から第四稿まで、一気にご覧下さい。


第二稿
第三稿
第四稿


改稿の過程を見ていると、雛倉さんの思考を辿るような気持ちになります。その間にどんなことを考えていらしたのか、お伺いしてみました。

雛倉さりえさん
「先のコメントで触れたように、書きたかったのは水晶の欲求の照り返しとしての揺の行動、すなわち〝水晶の欲望に応えるための揺の能動的な行為は、徹底的な受動性の裏返し〟という部分だったのですが、〝現状の描写では水晶の合意が取れているように見えない〟という旨のご指摘を編集者の方から頂きました。揺の欲望による行為、つまり水晶の合意のない行為だと解釈される可能性が僅かでもあるのなら、意図を適切に伝えるため改稿は必須と考えました。
まずは〝動けないよう固定した〟という部分を削ぎ、つづいて揺が水晶にふれるまでの段階を細かく区切りました。揺の行為を否定しないということで水晶の合意を示したつもりだったのですが、再び同様のご指摘を受け、台詞を追加しました。さらに水晶から手をのばす挙動を入れることで、彼女自身の欲動と、揺に対する怒りがないまぜになった様子を描きました。」


第四稿の形であれば、一方が無理やりくちづけたと読む人はいないはずですし、更に改稿によって、二人の感情の揺れに集中して読ませる場面にされたのが素晴らしいなと思いました。


揺と水晶の関係は、ここからどう展開していくのか。周囲の人物との関わりは、受動的だった揺を大きく変化させていきます。

揺の進化を、ぜひ本書でお楽しみいただけたら嬉しいです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました!