【1分小説】中野ブロードウェイの占い師
お題:俺を好きになってくれる人だけ好きになれたらいいのに、
お題提供元:お題bot*(https://twitter.com/0daib0t)
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「つまり、自分を好きになってくれない人を好きになってしまう。そして自分が好きになれない人にばかり好かれていると。そういうことですね」
「いや、そんな「今ずばりあなたの本性を当てましたよ」みたいなドヤ顔をされても」
中野ブロードウェイ、サブカルの店が集まる薄暗い通りの傍らに、いかにもな占い師。ローブを羽織りフードを目深にかぶり、スカーフで口元を覆い、あまりにもそのまんまな恰好をしているので、どうせコスプレだろうと通り過ぎようとしたら呼び止められた。生きていれば大なり小なり人は心に傷を負うものなので、俺も俺で立ち止まってしまい、お手並み拝見と軽い気持ちで悩みを相談してみたら。
そりゃあね、それっぽい水晶玉をあの紫のふかふかクッションの上にのせて大粒の宝石の付いた指輪まみれの手をかざして「ふうむ」なんてひとつ唸った後に言ったもんだから、一瞬ドキッとしてしまったけれど、それただ俺があなたに相談したことをそっくりおうむ返しに言っただけじゃないか。
「そんなことはない。私は見えましたよ、この水晶玉のなかに」
「ほおん」
占い師を見下ろし、俺はあごをさすった。客用の椅子は用意されているが、あえて座らず立っているのだ。本気じゃないから。
「じゃあさ、好きになった人に振り向いてもらうにはどうしたらいいのさ」
占い師はそばに置かれていた壺に手を伸ばした。
「壺以外で」
占い師は壺から手を引いた。
「努力ですね」
「だよなー」
占い師は俺に手のひらを差し出した。
「なに」
「五万円」
「はあ!?」
「聞こえませんでしたか? 五万円です」
「聞こえてるわ! 払わねえよ!」
立ち去ろうとしたら服のすそをつかまれた。
「分かりました。それなら」
すごみのある声にドキッとする。
「取引をしましょう。あなたの秘密を一つ、私に明かすのです」
「秘密?」
占い師は俺を睨みつけてこう言った。
「あなたの好きな人の名前を私に告げなさい。それで許しましょう」
「……それでいいの?」
「ええ」
俺は占い師に耳打ちをして名前を告げた。
占い師は俺の裾を離したので、チャンスとばかりに俺は駅の方へと歩き出した。
あれ? そういえばあの占い師の声、どこかで聞いたことがあるような……?
*
俺は知らなかった。
俺が立ち去った後、その占い師がフードを脱いでスカーフを外し、ガッツポーズをしたことを。