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【1分小説】一輪の手紙【300字小説】

お題:「待つ」
お題提供元:毎月300字小説企画(https://twitter.com/mon300nov)
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 桜の花が一輪、忘れ物のように、五月の新緑の中に残っている。

 気象条件の偶然だとか、誰かがイタズラしただとか、様々な憶測がされたが、どれも違う。

 父が来るのを待っているのだ。恩人にお礼がしたいのだろう。この桜は、樹木医だった父が最期に診たものだった。

「次の春は、きっと咲く」

 そう言って、父は冬の間に亡くなった。

 その木を見るたび、いたたまれない気持ちになった。早く枯れてしまえとさえ思った。責められている気がしたのだ。育ての親に何一つ孝行できなかった僕が。

 ある日、ふいに風が吹き、花びらが空に舞いあがった。
 父がいつも纏っていた樟脳の匂いが、鼻をかすめる。

「……父さん?」

 初夏の青い風が、僕の頬を通り過ぎた。