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誰かを連れて行きたくなる店

 ある人に連れられて行った火鍋の「姐妹(シスター)」。今度は誰かを連れて行きたかった。
 花巻市の東和町に仕事で行った帰り、スタッフを誘った。火鍋を食べようと話した。店の前に着くと、その人は口数が少なくなった。

 薄暗い住宅地の中に現れる紅い提灯。初めて来た時、思い出した紀伊国坂の怪談。
 坂道で、すすり泣く女の人。声をかけるとのっぺらぼう。走って逃げる。坂の麓のそば屋の提灯を見つけて逃げ込む。だが、そば売りも目も鼻も口もない。

 その人は辺りを見回し、口元は閉まったまま。メニューも「お任せします」のひと言。とりあえずホットウーロン茶で乾杯。
 置かれた鍋をじっと覗き込んでいる。スープは初めて来た時と同じ、トマトと薬膳系の白湯にした。

 肉はラムと豚の肩ロース。

 沸騰してきた。

 野菜が置かれた途端、「わあ~凄い!」

 メニューに煮る時間が書いてある。野菜と肉と入れた。食べ始めると向かいの顔が緩んで満面の笑み。
 レタスは5秒、いや10秒だったかな。しんなりとしつつ、歯応えがあり、ほのかな甘み。次はキクラゲのコリコリ感に感激。

 はるさめも食べて欲しかった。

 「美味しい!」
 両方のスープに入れ、二つの味を楽しむ。零れる笑顔。見ているこっちまで幸せになる。

 食べきれるか心配だったものの平らげた。〆に刀削麺を頼むと「割箸かと思った」と笑う。

 かためでコシを楽しむもよし。

 じっくり煮ればスープがよく絡み、喉ごしもいい。紅いスープはしだいにトマトの風味が強くなって美味しい。具材の旨味も加わってスープは深い味わいに。

 気がついたら1時間以上も食べ続けていた。
 盛岡への帰り道、「初めは、紅い提灯にびっくり、腰がひけました」。「やみつきになりそうです」と続けた。よく分かる。助手席で、「今度、誰かをつれってみようかな」
 それもよく分かるとハンドルを握りながら頷いていた。

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