【掌編】現代版粗忽長屋
その夜の帰り道、私がいつも通る会館前のレンガ広場に、私が倒れていた。
倒れている人影に驚いて駆け寄ると、街灯の光に白々と照らされたその顔は、間違いなく私だった。蛾の羽影が私の頬の上をちらちらと過っている。呆然と佇んで、それを見ている私はいつ、私を道に落っことしたのだろう。
助けるか、助けないか。余計なお世話だと言われる恐怖を優先して、人死にが出るほうがもっと怖い。一秒で決心してばっと近寄った。
「大丈夫ですか」行倒れの私は半身を捻って、顔を空に向けていた。闇夜に浮かび上がる、真っ白な顔。ぞっとするほどよく見慣れた、私の顔。
その時、白い光が空を切った。
「どうしました」警察官が駆け寄りながら、懐中電灯を照らして尋ねた。
「分かりません。倒れていたんです」
警官は慌てて私を押しのけると、倒れている私の上に屈み込んだ。
「もしもし、大丈夫ですか」貴重品でも扱うかのように、訓練された手つきで私を助け始める。
「はい、大丈夫です」私は明朗に応えた。
警官は怪訝そうな顔でこちらを見た。
「いや、あなたではありませんよ」
「いや、私なんですよ、その人、私なんです」
警官は倒れている私と、立っている私を見比べた。
そして、深呼吸をひとつすると、おもむろに頷いた。
「分かりました。それでは、一緒にあなたを助けましょう。手を握って、あなたが安心するように声を掛けてあげてください。私は救急車を呼んできます」
今度は私が面食らって、怪訝な顔で警官に尋ねた。
「倒れている私を私が見ていることを、あなたは疑わないのですか」
私の気道を確保すると、上着を脱いで私に着せて、警官は無線を片手に立ち上がりつつ言った。
「ええ。あなたが助かってくれれば、私はそれでいいんです」
警官は、天気の話でもするようにさらりと言うと、周囲を見回しながら、無線で応援を求め始めた。
警官の背中を眺めながら、私は私の手を強く握りしめた。
握り締めているのは確かに私だが、握られている私は一体誰だろう。私は私の背中をとんとんと叩いて、私の耳もとで優しく声を掛けた。
「大丈夫、いま、助けが来るからね」(終)
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