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ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」~それぞれの時間

前回は2話までの感想を書いた。

それから物語は三人の元夫達とその周辺の女性も絡めてどんどん進み、6話では衝撃の展開に。

とわ子と結婚する前から、実はずっとかごめのことが好きだった八作。
自分の人生に恋愛はいらないという、かごめ。
“そういう考えが淋しいことは知っている。実際たまに淋しい。でもやっぱり、ただただ、それが私なんだよ”と言う、かごめ。
たぶん、かごめは八作の気持ちにも気づいていたのだと思う。
そして八作とはいい関係になれるだろうことも分かっていたけれど、それは出来なかったから、いつもそっけなくはぐらかすような態度だったのだろう。
皆んなが当たり前に出来ていることが出来ない、周りの人は全員山で山に囲まれているというかごめは、ちょっと自分に重なるところがあり、かなり感情移入して観ていた。私も自分は一生、結婚するとか誰かと共に生きるとかは出来ないだろうと思っていたから。
オーガニックなホストと言われてしまうくらいモテまくって本人も困ってるくらいなのに、本当に好きな唯一人の人には好きになってもらえず、それでもかごめへの想いを消すことが出来ない八作も切ない。
とわ子も、八作にはずっと自分以外に好きな人がいると気づいたことが離婚に繋がってしまったわけだが、ついに、幼馴染で親友のかごめこそが八作の長年の想い人だと知ってしまう。

そして、かごめは突然逝ってしまった。
最初で最後の描き上げたマンガを残して。
分かりやすい伏線もなくあまりに唐突すぎて、呆然としてしまい、しばらく立ち直れなかった。
どうしても、春馬くんのことが重なってしまう…。

そして迎えた7話。
かごめを失い、あっというまに1年が過ぎた。
淡々と毎日を過ごしているように見えて、心の内に深い痛みを抱えているとわ子。それを誰にも言えず、たまたま朝のラジオ体操で顔を合わせるようになった名前も知らないオダジョーに、ある日その心の内を打ち明ける。

あいつ、どこにいるんだろう。
どこに行ったんだろう。
一人でどこ行っちゃったんだろう。
その時、何を思ってたかな。
自分で気づいてたのかな。

それに対して言ったオダジョーの言葉が沁みて、とわ子と一緒に思わず泣いてしまった。

過去とか、未来とか、現在とか、
そういうのってどっかの誰かが勝手に決めたことだと思うんです。
時間て別に過ぎてゆくものじゃなくて
場所っていうか、別のところにあるもんだと思うんです。

人間は現在だけを生きてるんじゃない。

人生って小説や映画じゃないもん。
幸せな結末も、悲しい結末も、やり残したこともない。
あるのは、その人がどういう人だったかっていうことだけです。

だから人生には二つルールがある。
亡くなった人を不幸だと思ってはならない。
生きてる人は、幸せを目ざさなければならない。


時間には過去も未来もない。そういう概念は人間が作ったもの。
自分も同じようなことを時々思っていたので、深く共感してしまった。

いいこと言う人だなぁと思ってたオダジョーだけど、その正体が終盤に明かされる。
何この人…冷徹そうなビジネス上の顔と、ゆるふわっとした癒し系なプライベートの顔が違い過ぎて…それも自然なことのようにしているこの人は一体何者…?と思ったところで7話終了。
とわ子の新しい恋の相手はオダジョーになるのか?

初回から気になっていた挿入歌「All The Same」もリリースされた。
最初聞いた時はKeiko Leeさんかと思ったが、Gretchen Parlatoのヴォーカルが実に味わい深い名曲。





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