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屋久島の深い静かな森の宿で語られたこと:プロローグ


鹿児島から船で屋久島に向かうと
見える景色がある。

船から見える屋久島は、
島全体が緑の山々に囲まれた要塞の様なのだ。

「もののけ姫」を観た人は、
右手に見える屋久島電工の工場がたたら場に、
そして左の山々が、
もののけの森に見えるかも知れない。

実は、ここに見える山々は、
前岳と呼ばれる1,000メートル程度の低山であり、
その奥に九州最高峰の宮之浦岳をはじめとして、
永田岳、栗尾岳などの奥岳と呼ばれる高山が控えている。

さて、宮之浦の街から、
白谷雲水峡に向かって上がっていく一本道の途中で、
杜の宿「羽神の郷」という、
小さい離れの宿を通り過ぎると、
それ以降には何も建物を見ることはできないのだが、
更に数百メートルを登ったところで、
ほとんど人目につかない小さな看板がある。
掠れた文字で、

「森の黒ひげBar」

と書かれているのが辛うじて読み取れ、
下の方に髭ズラの男の顔が描かれている。

その看板から山に向かって、
細い道らしいものがあるのだが、
入っていいものなのか?

そもそも、こんな山の中にBarがあるのか?
勇気を出して、その細い道を登っていくと、
一棟の小さな建物が建っている。

上を見ると山々が聳え立ち、
近くに川が流れているのだろうか?
水の音が聞こえる。

やはり、ここが目的の地なのだ。
一日一組の旅人しか受け入れない
「森の黒ひげBar」と言う名前の宿に
漸く辿り着けたのである。

そこは、とても静かであり、
一方で、うるさくもある。

人工的な音は、一切聞こえないのであるが、
さまざまな鳥の囀り、
猿だろうか鹿だろうか何か動物の鳴き声、
そして、水の音が心地よく響いている。
深い森の木々も様々な音を立てている。

建物の脇に建てられた
ドラム缶を使った五右衛門風呂に入り、
簡素ながらも屋久島の自然の幸の夕食を食べた後、
山の中腹の庭には、焚き火が焚かれ、
確かに黒ひげの親父が火にあたりながら、
ウイスキーを飲んでいる。

私も宿に揃えられた数々の酒の中から、
自分の好きなお酒を選び、
ステンレスの山用のステンレスのカップに注ぎ、
焚き火にあたる。

山の夜は冷えるのだ。

旅人の物語は、ここから始まる。

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