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インサイド・アウトかアウトサイド・インか

 前回はデザイン思考を対象に、「あなた」と「私」の境界線があいまいであることを見てきた。今回はアート思考の立場から、両者の間にある境界線を眺めてみたい。通常、デザイン思考は他者を起点とする「アウトサイド・イン」のアプローチで、アート思考は自分を起点とする「インサイド・アウト」のアプローチとされているが(森永,2021)、そのような内と外との境界線も実は曖昧である。

 例えば、芸術家の岡本太郎氏は「「こういうもの」を表現したい、という最初の衝動がある。描きたいという衝動じゃない。「こういうもの」を、なんだ。」(岡本・岡本(2005)、32頁)と述べ、前述した通り、アート思考がインサイド・アウトのアプローチであることを示唆している。その一方で、哲学者の郡司ペギオ幸夫氏は「アーティストと話をしていてわかるのは、自分の中にあるものを表現しようと思っている芸術家なんてほとんどいないということです。考えれば考えるほど自分の中には何もないことに気づくんだ、と。表現とは外にあるものからインスパイアされるもので、それを彼らは待っている」(『AXIS』2021年11月号、p.21)と述べ、どちらかといえばそれは、アウトサイド・インのアプローチであることを示唆している。

 このように、両者の主張は真っ向から対立しているように見えるが、本当のところアーティストたちは、いずれのアプローチを採用しているのであろうか。ただ、前者の立場を強く主張する岡本氏自身も、縄文土器から創作のインスピレーションを受けたことは広く知られており(春原,2009)、その部分に注目すれば、郡司氏の主張が正しいようにも思われる。この点につき、認知科学の視点からアーティストの創作を研究してきた横地(2020)は、次のように述べている。

「(アーティストは)自らの興味関心を手掛かりとして自分から探していく(中略)。もちろん、誰かの言葉やどこかで目にした物事がヒントとなって創作が行われることも多々ある(岡田,2016)。しかし、多くのケースでは、表現の最初の手掛かりは自分の中にある。それを形にしてみて、上手くいかない、しっくりこないという感じを手掛かりに、次の作品に展開させていく。」(90頁)。

「制作に取り掛かる前にもたらされるアイデアは自らの興味関心から生まれたものであっても、なぜ興味関心を持ったのかは、形にしてから考えることが多いようである。(中略)出来上がった作品が、彼ら彼女らに考えることを求めるといった方がふさわしい」(94頁)。

 このように、横地(2020)によると、創作の出発点は自らの興味関心であり、表現の最初の手掛かりも自分の中にあるため、アート思考はやはり「インサイド・アウト」のアプローチと言うことができそうである。ただし、多くの場合、アーティスト自身も作品が生まれるまでは(あるいは、作品が生まれてからも当面の間は)創作の出発点となったものに気づかず、作品との対話を通じて徐々にそれが明らかになっていくとされている。


 また、横地(2020)では、アーティストが創作ビジョン(=創作の際の羅針盤)を得るまで、活動を始めてから平均して12-13年程度を要しているとされており、よほどの強い興味関心がなければ、活動を続けられないことが窺える。その意味でも、内発的な動機付けが創作の出発点となっていると考えることができる。なお、Hidi and Renninger(2006)などの興味発達研究(interest development study)では、目標(ここでいう創作ビジョン)が形成されるまでは、興味関心が動機となって支えとなり、それがいずれ目標へと成長していくと考えられている。つまり、長い目で見ると、興味や関心が創作ビジョンの萌芽的要素になっていると考えることができるのである。

 しかし、話はそこで終わらない。動機付け理論の中には、そのような興味関心を湧き上がらせる対象の存在こそが動機であり、そこから表現が生まれると考える「興味における人-もの理論(person-object theory of interest)」が存在するからである(Krapp,2002;Shiefele,1991)。同理論の下では、事物があるから関心が生じ、その関心を手掛かりに創作を積み重ねるからこそ、創作ビジョンが形成されると考えられており、外発から内発へと変化する過程に焦点が当てられている(横地,2020)。はじめは外界からの刺激によって喚起された興味が、徐々に本人に内在化された興味になる。そして、そのように内在化された興味がきっかけとなって創作が始まるというのである。また、内在化された興味が起点となることで、多少困難な状況に遭遇しても創作活動を継続することが可能になるとされている。したがって、このような部分に注目すれば、アート思考は「アウトサイド・イン」のアプローチということになる。

 このように、創作プロセスは、事物(外)⇒興味関心(内)⇒表現(外)と、内(うち)・外(そと)を繰り返しており、どの時点を出発点とするかによって違った主張になる。事物を出発点とすれば、郡司氏が主張するようにアート思考は「アウトサイド・イン」のアプローチとなり、興味関心を出発点とすれば、岡本氏が主張するように「インサイド・アウト」のアプローチとなる。しかし、理論上はともかく、現実の世界では、これほどきれいに割り切れないことの方が多いと考えられる。これは、イノベーションの源流を「技術か、ニーズか」と問うことと似ているかもしれない。実際は、技術の進歩と市場ニーズの双方が相互に影響を及ぼし合いながらイノベーションが誕生していくことがほとんどで、一方的なテクノロジー・プッシュや、一方的なデマンド・プルはあまり存在しないからである(近能・高井,2010)。アーティストの創作活動においても同様に、事物と興味関心が互いに影響を及ぼし合いながら、作品を生み出していると考えられるのである。


●参考文献
郡司ペギオ幸夫「想定している思考の枠組みの、向こう側との付き合い 
 方」『AXIS』2021年11月号、21頁。
春原史寛(2009)「岡本太郎「縄文土器論」の背景とその評価 : 戦後日本の
 「美術」と「縄文」をめぐる動向についての一考察」『筑波大学芸術学研
 究誌』第25巻、79-102頁。
Hidi, S. and K. A. Renninger. (2006), “The Four-Phase Model of Interest   
 Development.” Educational Psychologist, Vol.41, pp.111-127.
Krapp. A. (2002), “Structural and dynamic aspects of interest development:   
 Theoretical considerations from an ontogenetic perspective.” Learning and   
 instruction, Vol.12, pp.383– 409.
近能善範・高井文子(2010)『コア・テキスト イノベーションマネジメン 
 ト』新世社。
森永泰史(2021)『デザイン、アート、イノベーション』同文舘出版。
岡田猛(2016)「触発するコミュニケーションとミュージアム」中小路久美
 代・新藤浩伸・山本恭裕・岡田猛編『触発するミュージアム:文化的公共 
 空間の新たな可能性を求めて』あいり出版、2-10頁。
岡本太郎・岡本敏子(2005) 『壁を破る言葉』イースト・プレス。
横地早和子(2020)『創造するエキスパートたち:アーティストと創作ビジ 
 ョン』共立出版。
Schiefele, U. (1991), “Interest, learning, and motivation.” Educational   
 Psychologist, Vol.26, No.3-4, pp.299–323.

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