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デザイン思考と起業行動 PARTⅡ

 前回述べたように、欧州勢の先行研究にいうスプリント(以下、広義のデザイン思考とする)とは、創造的な問題解決(以下、狭義のデザイン思考とする)にリーン・スタートアップやアジャイル開発などの考え方が足し合わされた拡張された概念であるが、そもそも狭義のデザイン思考と、リーン・スタートアップやアジャイル開発との関係はどのようなものなのであろうか。先行研究には様々な見解が見られる一方で、それらの関係性については未整理のままである。そのため、まずはそこから作業を始めてみたい。

 リーン・スタートアップの提唱者であるエリック・リース(Ries, E.)氏は、リーン・スタートアップのベースには「リーン生産方式やデザイン思考、顧客開発、アジャイル開発など、従来から活用されてきたマネジメントや製品開発の手法がある」(Ries,2011、邦訳12頁)と述べており、狭義のデザイン思考やアジャイル開発の考え方(その一部か全部)をリーン・スタートアップが取り込んでいることが窺える[注1]。したがって、彼の見地に立てば、少なくとも、それぞれが完全に独立した存在とは認められない。


 ただし、その場合であっても、理論的には下図に示すように、狭義のデザイン思考やアジャイル開発がリーン・スタートアップの部分集合であるパターン(図の左側)と、それぞれが考え方の一部分を共有しているパターン(図の右側)の二通りが考えられるが、そのうちのいずれを意味するのかについては、全く説明がなされていない。


 それに対して、Far and Dyer(2014)は、少なくとも概念上はそれらを別物として捉えていることが窺える。彼らは優れたイノベーションプロセスを設計するに当たって、リーン・スタートアップ、デザイン思考、アジャイル開発のそれぞれを、いつ、どのように活用すべきかについて解説している。さらに、Dell’Era, Magistretti, Cautela, Verganti and Zurlo(2016)も、狭義のデザイン思考にリーン・スタートアップとアジャイル開発を加えたものを「スプリント(広義のデザイン思考)」と定義していることからも分かるように、基本的にはそれらを別物として扱っている。同様に、Klenner, Gemser and Karpen (2021)も狭義のデザイン思考とリーン・スタートアップやアジャイル開発を別物として捉えている。

 
 このように、先行研究からは、①狭義のデザイン思考やアジャイル開発がリーン・スタートアップの部分集合であるパターンと、②リーン・スタートアップが狭義のデザイン思考やアジャイル開発と考え方の一部分を共有しているパターン、③それぞれが完全に独立したパターンの3つの可能性が示唆される。ただ、そのうち、三者の関係を部分集合と捉える①のパターンでは、Dell’Era et al(2016)が示したような、それらを足し合わせる行為は実行できない。その一方で、三者を完全に独立した存在と仮定する③のパターンだと、今度はRies(2011)の主張と矛盾してしまう。したがって、先行研究間の主張を最も矛盾なく説明することができるのは、それぞれが考え方の一部を共有する②のパターンということになる。

 具体的に見ていくと、まず、リーン・スタートアップと狭義のデザイン思考、アジャイル開発のそれぞれが考え方の一部分を共有するパターンは、Ries(2011)の主張と矛盾しない。また、Dell’Era et al(2016)で見られたように、それらを足し合わせることも可能である。さらに、それぞれを完全に独立した存在として捉えることは困難でも、ある程度は別の存在として捉えることは可能である(少なくとも、等しい存在ではない)。以上のことから、ここでは、三者の関係をそれぞれが考え方の一部を共有する②のパターンで捉えることにしたい。

 なお、狭義のデザイン思考とアジャイル開発との関係(それらの間にまで共有関係が認められるか否か)については、そのことを考えるための材料が現時点では不足しているため、ここでは触れないことにする。以降、狭義のデザイン思考とリーン・スタートアップの関係だけに注力することにしたい。

[注1] もちろん、リーン・スタートアップのエッセンスの大部分は、その名が示す通り、トヨタ生産方式(リーン生産方式)である(Ries,2011,邦訳28-31頁)。



●参考文献
Dell’Era, C., C. Magistretti, C. Cautela, R. Verganti and F. Zurlo.(2020), “Four
 Kinds of Design Thinking: From Ideating to Making, Engaging and
 Criticizing.” Creativity and Innovation Management, Vol.29, No.2, pp.324- 
 344.
Far, N. and J. Dyer. (2014), The Innovator's Method: Bringing the Lean Start-Up
 Into Your Organization. Harvard Business Review Press.(新井宏征訳『成功す 
 るイノベーションはなにが違うのか』翔泳社、2015)
Klenner, N. F., G. Gemser and I. O. Karpen. (2021), “Entrepreneurial ways of
 designing and designerly ways of entrepreneuring: Exploring the
 relationship between design thinking and effectuation theory.” Journal of
 Product Innovation Management. Advance online publication.
 DOI:10.1111/jpim.12587.
Ries, E. (2011), The Lean Startup: How Today’s Entrepreneurs Use Continuous
 Innovation to Create Radically Successful Businesses. Currency. (井口耕二訳 
 『リーン・スター トアップ』日経 BP、2012)

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