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デザイン思考と組織文化PARTⅡ

 前回は、デザイン態度(組織文化)との棲み分けの困難さを理由に、デザイン思考はなるべく拡大しない方が良いのではないかと述べた。しかし、そのような理由の他にも、既に多くの先行研究では暗黙のうちに両者を別物として扱っており、デザイン思考の概念拡張はその実態にそぐわない(あるいは、混乱を招く)のではないかという懸念もある。

 「デザイン思考と組織文化」をテーマに取り上げた先行研究には、大きく次の2種類がある。1つは、主としてデザイン思考と組織文化の適合問題を取り上げた研究群である。そもそも適合問題を考えるということ自体、両者を別個の存在として認識していることの証左である。そして、もう1つは、デザイン思考を組織文化の変革ツールとして捉える研究群である。そこでは、両者を「目的-手段」の関係で捉えており、それぞれを別個の存在として認識していることは明白である。今回は、そのうち、前者の研究群の中身について、簡単に振り返ってみたい。

 デザイン思考と組織文化の適合問題を取り上げた研究はさらに、WhatとWhyに関する研究に分類することができる。Whatに関する研究とは、デザイン思考にとって理想的な組織文化とは何かについて論じたものである。一方、Whyに関する研究とは、なぜデザイン思考が上手く機能する/しないのかを、企業が持つ組織文化の性格に即して論じた研究である。


1.Whatに関する研究

 前者のWhatに関する研究のうち、最古のものはおそらく、Dums and Mintzberg(1989)である。彼女らの研究では、デザイン思考という言葉は使われていないものの、より広い意味でのデザインを有効活用するためには、企業文化が重要になる旨が強調されている。また、最終目標を「組織全体にデザインの考え方が浸透すること」に設定し、その発展プロセスも描いている(下図参照)。彼女らによると、デザインの有効活用を可能にする企業文化は、突如として生じる場合と、そこに向かって徐々に進行していく場合の2種類があるとされている。さらに、後者の場合、そのルート上には、チャンピオン主導段階(design champion)、ポリシー主導段階(design policy)、プログラム導入段階(design program)、デザイナー従属段階(design function: lagging)、デザイナー主導段階(design function: leading)、デザイン浸透段階(design as infusion) の6つのステップがあるとされている。

             Dums and Mintzberg(1989)p43より翻訳して、一部を修正して引用。


 同様に、Cooper, Junginger and Lockwood(2009)も、最終目標を「組織全体にデザインの考え方が浸透すること」に設定し、それが浸透していくプロセスを次の3段階に分けて描いている。①デザインの価値に対する気づきの発現(Emerging Design Awareness)、②デザインの価値に対する気づきの成熟(Maturing Design Awareness)、③デザインの本質的な部分に対する気づき(Essential Design Awareness)。

  さらに、Eklund, Aguiar and Amacker(2021)は、組織が目指すべき究極の姿として、より具体的な「スタジオ文化(studio culture)」を提示している。そして、それは少なくともSchein(1992)が唱えるような認知科学寄りの組織文化ではなく(それはSimon(1978)の情報処理パラダイム寄りだとして批判されている)、Buchanan(1992)やSchön(1983)が唱えるような実用本位の組織文化であるとされている。そこでは、経験に焦点が当てられ、身体化された経験を通じて、共有され、発展され、学習され、育てられるものとして組織文化が描かれている(ただし、具体的な文化の性質や個別の特性が描かれているわけではない)。つまり、プロフェッショナルが持つリアリティが重要視されているのである。

  しかし、上記の研究はいずれも概念的な研究であって、実証研究ではない。Whatに関する研究のうち、初めて実証研究を行ったのはおそらく、前回も触れたMicklewski(2008)である。彼は事例分析を通じて、デザインのプロフェッショナルが持つ組織文化を「デザイン態度(design attitude)」として明らかにした。そして、その特性を次の5つに整理している。1つ目は、他の多くの人が尻込みするような、不確実性や曖昧性を積極的に受け入れること。 2つ目は、人間を真に理解するために思い込みを捨て、時には自分のメンタルモデルさえも一時停止させて、深い共感に従うこと。3つ目は、五感のすべてを駆使して、現実を完全に審美的に理解しようとすること。4つ目は、遊び心を持って実験を行ったり、プロトタイプを作ったりすることを心の底から望んでいること。5つ目は、複雑で矛盾するような領域で働き、それを調整することに意欲的なこと。


2.Whyに関する研究

 一方、後者のWhyに関する研究は、2010年代以降に始まったばかりで、それほど蓄積があるわけではない(おそらく、Micklewski(2008・2015)の研究がきっかけになったと考えられる)。そのうち、初めて実証研究を行ったのはおそらく、Elsbach and Stigliani(2018)である。彼らは、86 件の事例分析を通じて、不確実性や失敗、非効率さなどを許容する組織文化がなければ、デザイン思考自体が受け入れられにくいことを明らかにしている。それどころか、場合によっては、既存の組織文化を脅かすものとして受け止められ、排除される危険性さえはらんでいる。

 同様に、Björklund, Maula, Soule, and Maula(2020)も、デザイン思考を組織に取り入れる際の軋轢を描いている。彼らは大規模なインタビュー調査を行い、デザインとエンジニアリング、ビジネスの間の軋轢に関するエピソードを収集した。その結果、デザイナー以外の人たちがデザインの価値やそれがもたらす競争上の優位を信じていない場合や、全社の戦略からデザインが孤立している場合、デザイン思考に関する知識はあってもそれが実践的な知識として理解されていない場合などには、軋轢が生じることが明らかにされている。

 さらに、Wrigley, Nusem and Straker(2020)は、7件の事例分析を通じてデザイン思考が一時的にではなく長期的に機能するためには、戦略的なビジョン(strategic vision)の共有やデザイン活動を支えるための設備(facilities)の保持、デザインの有する価値に対する理解やデザインに関する知識の保有などの文化資本(cultural capital)、デザインの実務を支えるための細かな指示・命令(directives)などの4つの組織的要素が鍵になることを明らかにしている。このうち特に、文化資本に関する項目が組織文化と深く関わっており、先に見たBjörklund et al(2020)と似たような結論に達している。


●参考文献
Buchanan, R. (1992), “Wicked problems in design thinking.” Design Issues,  
 
Vol.8, No.2, pp.5-21.
Björklund, T., H. Maula, S. A. Soule and J. Maula. (2020), “Integrating Design
 into Organizations: The Coevolution of Design Capabilities.” California
 Management Review, Vol.62, No.2, pp.100-124.
Cooper, R., S. Junginger and T. Lockwood. (2009), “Design Thinking and
 Design Management: A Research and Practice Perspective.” Design
 Management  Review, Vol.20, No.2, pp.46-55.
Dums, A. and H. Mintzberg. (1989), “Managing Design Designing 
   Management.” Design Management Journal, Vol.1, No.1, pp.37-44.
Eklund, A.R., U.N. Aguiar and A. Amacker. (2021), “Design thinking as
   sensemaking—Developing a pragmatist theory of practice to (re)introduce
   sensibility.” Journal of Product Innovation Management, Vol. 39, No.1. pp. 1-
   20.
Elsbach, K. D. and I. Stigliani (2018), “Design Thinking and Organizational 
 Culture: A Review and Framework for Future Research.” Journal of
 Management, Vol.44, No.6, pp.2274-2306.
Michlewski, K. (2008), “Uncovering Design Attitude: Inside the Culture of 
  Designers.” Organizational Studies, Vol.29, No.3, pp. 373-392.
Michlewski, K. (2015), Design Attitude. Gower Publishing Limited.
Schein, E. H. (1992), Organizational Culture and Leadership. Jossey-Bass.
Schön, D. A. (1983), The reflective practitioner: How professionals think in 
 action. Basic Books, Inc. (柳沢昌一・三輪健二訳『省察的実践とは何か:プロ
 フェッショナルの思考と行為』鳳書房、2007)
Simon, H. (1978), The Science of The Artificial 3/e. MIT Press. (稲葉元吉・吉原
   英樹訳『新版  システムの科学』パーソナル・メディア、1987)
Wrigley, C., E. Nusem and K. Straker.  (2020), “Implementing Design Thinking:
   Understanding Organizational Conditions.” California Management Review,     Vol.62, No.2, pp.125-143.

 

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