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デザイン思考と組織文化PARTⅢ

 前回は「デザイン思考と組織文化」をテーマにした先行研究のうち、両者の適合問題を取り上げた研究群を見てきた。今回は、もう一方のデザイン思考を組織文化の変革ツールとして捉えている研究群について簡単に振り返ってみたい。そこでは、デザイン思考を用いた組織文化変革の効果の有無や、デザイン思考を使いこなすうちに組織文化がどのようなものに変化していったのか(あるいは、それをどのように変えていったのか)などが主に論じられてきた。ただし、これらの研究は、2010年代の後半以降に始まったばかりで、現時点ではそれほど研究成果の蓄積があるわけではない。

  そのような研究の嚆矢となったのはおそらく、Dunne(2018)である。彼は企業、行政、非営利組織など、様々な性格を持つ組織を対象にインタビュー調査を行い、デザイン思考の導入が組織文化にどのような変化をもたらしたのかを明らかにしている。彼の調査によれば、対象ごとに変化に要した時間や労力、達成された変化の度合いなどはまちまちであったが、概ねデザイン思考を導入した効果はあったと結論付けられている(詳細は番外編⑩を参照)。


 同様に、Jaskyte and Liedtka(2022)も、企業、政府、非営利団体などの様々な組織を取対象に、デザイン思考の実践とそれらの「中間的な成果(Interme-diate Outcomes)」との関係を明らかにしている。ここでいう中間的な成果とは、売上や利益などの上市後の成果や、新製品導入数や特許数などのアウトプットとは異なる、個人や組織成員の間で知覚されるメリットのことである(詳細は番外編③を参照)。そこでは、デザイン思考の実践が様々なタイプの中間的な成果をもたらすことが明らかにされており、組織文化にも影響を及ぼす可能性が高いと推察される。

 また、Robbins and Fu(2022)も、組織規模にばらつきがある多様な業種が収められたデータベースを用いて定量分析を行い、デザイン思考の実施が組織文化に影響を与える可能性があることを示唆している。ただし、そこでは人的資本(human capital)、社会的資本(social capital)、組織的資本(organizati-onal capital)を合成した指標が用いられているため、個別・具体的にどのような変化を見せたのかまでは不明である。それらの指標のうち、組織的資本のところに、組織文化に関する項目がいくつか含まれている(詳細は番外編③を参照)。

 一方、Habicher Erschbarmer Pechlaner Ghirardello and Walder(2022)は、中小企業を対象に調査を行い、インタビューデータのプロトコル分析を通じて、デザイン思考を道具的に活用することで、組織文化やリーダーシップの在り方などが変革され得ることを明らかにしている。デザイン思考を使いこなすには(あるいは、その実践を重ねていくうちに)、社内のデジタル化を促進したり、組織文化を民主的でイノベーティブなものに変革したり、リーダーシップのスタイルを集権的なものから分権的なもの(あるいはコーチングやサーバント型)へと変更したりする必要があったからである。

 以上のように、先行研究では、組織の種類や規模、業種の違いなどを超えて、デザイン思考導入による組織文化変革の効果は一定程度あったとされており、ツールとしての有効性はある程度認められそうである。ただ、その一方で、それらの研究には、いくつかの課題も残されている。

  1つ目の課題は、組織文化の変革成果をどのように測定するのかということである。先行研究では、従業員の主観(ex.自社の組織文化の有益さに対する認識の変化など)のみに依存しており、具体的な組織文化の中身については窺い知ることができない。もちろん、組織文化を直接測定することは難しい。そのため、ひとまずはそれに影響を与えそうな変数に注目して、効果を測定するという方法もあり得る。この点につき、Dunne(2018)は、従業員間の相互作用の量や訓練されたファシリテータの数、開催されたワークショップの数などを例として挙げている。あるいは、もう少し直接的な指標や尺度を、本編⑱のところで見たデザイン態度をベースに、新たに開発する必要があるのかもしれない。

 2つ目の課題は、多様な目標と多様な手段との対応関係が不明確なことである。組織文化変革の結果にばらつきが生じる原因には当然、マネジメントの巧拙が関わっていると考えられるが、それ以外にも、デザイン思考の導入目標自体が異なっている可能性がある。例えば、営利組織では組織文化の急進的な変革が求められている一方で、行政組織ではそもそも革新的な何かを生み出す必要性は低いため、顧客志向や継続的な改善志向などの定着が目標とされているかもしれない。先行研究では、このあたりの分類が適切になされていない。そのため、なんとなく効果がありそうなことは分かるものの、実行に移す際の目標と手段の対応関係が分からず、実践的なインプリケーションが弱いのである(詳細は番外編⑩を参照)。

 3つ目の課題は、デザイン思考一辺倒の組織文化変革の是非である(吉岡(小林),2021)。一般にデザイン思考の浸透は、組織文化を顧客志向や実験志向に変えると考えられている(Brown,2019)。しかし、例えば、顧客志向に偏った組織文化が誕生すると、今度はアート思考のようなそれとは異なる志向性を持つものは排除される危険がある。また、本来、組織の中にはいくつかの異なる視点や文化が共存している方が健全であり、何か一つの文化に染まるのは危険とされてきた(Van Maanen and Barley,1984)。異文化間でのコンフリクトがイノベーションの火花を飛ばすことがあるからである。しかし、先行研究では、そのような危惧については一切触れられていない。

 とはいえ、3つ目の課題に見られるような警戒感は、デザイン思考浸透後の具体的な姿が示されないことで、余計に高まっているのかもしれない。例えば、デザイン態度のような組織文化が構築されるとすれば、異なる思考法の排除といった問題は生じないかもしれない。デザイン態度の下では、あらゆるタイプのクリエイティブな思考法が活用可能と考えられているからである(Hindi,2018)[注1]。また、実際の企業を見る限り、デザイン思考に偏った組織文化が生まれる可能性はかなり低そうである。デザイン思考を組織全体に浸透させることは、それほど容易ではないからである(詳細は番外編⑩〜⑬を参照)。デザイン思考の導入に積極的と言われているP&Gでも、現状ではデザイン思考の習得者は350名程度で、全従業員に占める割合は0.4%にも満たない(Dunne,2018)。また、同じように積極的な日立製作所でもその数は500名程度で、全従業員に占める割合は約1.6%である[注2]


[注1]このように考える根拠は、デザイン態度の5つの特徴とクリエイティブな人々の実践内容とが酷似しているためである。米国の心理学者であるロバート・スタンバーグ(Sternberg, R.)氏によると、クリエイティブな人々は次のようなことを実践しているとされている(Sternberg,2006)。

・ソリューションを導き出すために、新しい方法で問題を再定義する
・意識的にリスクを取り、失敗を受け入れる
・課題にチャレンジしている時に直面する障害には立ち向かう
・正しい道を進んでいるかどうか自信がない時は、曖昧さを許容する
・スキルや知識を陳腐化させず、知的な成長を続ける etc.

[注2] 『日経デザイン』2020年3月号、38-40頁。



●参考文献
Brown, T. (2019), Change by Design, Revised and Updated: How design
 thinking transforms organizations and inspires innovation. Harper Collins
 Publishers (千葉敏生訳『デザイン思考が世界を変える アップデート版』早
 川書房、2019)
Dunne, D.(2018) Design Thinking at Work :How Innovative Organizations Are
 Embracing Design. Rotman-UTP Publishing. (菊地一夫・成田景堯・木下 
 剛・町田一兵・庄司真人・酒井理訳『デザイン思考の実践:イノベーショ
 ンのトリガー それを阻む3つの緊張感』同友館、2018)
Habicher D., G. Erschbarmer, H. Pechlaner, L. Ghirardello and M. Walder.
   (2022), “Transformation and Design Thinking: perspectives on sustainable
   change, company resilience and democratic leadership in SMEs.”
   Leadership, Education, Personality: An Interdisciplinary Journal, Advance
   online publication. DOI: 10. 1365/s42681-022-00028-x
Hindi, N. (2018), Renaissance of Renaissance Thinking: A New Paradigm in 
 Management. Cross Media Publishing (長谷川雅彬監訳・小巻靖子訳『世界
 のビジネスエリートがいまアートから学んでいること』クロスメディアパ
 ブリッシング、2018)
Jaskyte, K. and J. Liedtka.(2022), “Design Thinking for Innovation: Practice and 
    Intermediate Outcomes.” Nonprofit Management & Leadership, Vol. 32,          No.4, pp.555-575.
『日経デザイン』「デザインシンカーを育成せよ プロ500人を育てる日立」    2020年3月号、38-40頁。
Robbins, P. and N. Fu. (2022), “Blind faith or hard evidence? Exploring the 
 indirect performance impact of design thinking practices in R&D.” R&D
 Management, Advance online publication. DOI: 10.1111/radm.12515
Sternberg, R.(2006), “The Nature of Creativity.” Creativity Research Journal,
   Vol.18,No.1,pp.87-98.
Van Maanen, J. and S. R. Barley. (1984), “Occupational Communities: culture
   and control in organizations.” Research in Organizational Behavior, Vol. 6,
   pp.287-365.
吉岡(小林)徹(2021)「デザイン思考の効果と限界」『一橋ビジネス・レビュ 
 ー』2021年春号、152-159頁。

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