わたしの日記 「まちはやさしい」
夜中に二度、目が覚めた。目が覚めるたび、まっくらい部屋で手のひらサイズの明るい画面をチェックした。なにかメッセージが来ていないか、着信が入っていないか。ひとはいつだってばらばらで、それぞれべつの人生を歩んでいるのだから、そういったメッセージ類をほったらかしにしていたっていいと思う。個人の自由だ。わたしはそれができないので、他人のタイミングに合わせているほうが気が楽でいい。だけど、どうしてだろう。たまに苦しくなる。
朝。空はあおっぽくて、空気がつめたい。冬のはじまりみたいだと思った。愛用のくすんだ黄緑色の自転車を軋ませながら目的地に向かう。途中、お向かいに住むおばちゃんに会った。
「おばちゃん」
「もりみちゃん仕事?」
「ううん、やすみ。モーニング食べに行くの」
おばちゃんは、わたしのことをちびっちゃい赤ちゃんのころから知っている。血のつながりこそないけれど、三人目の祖母みたいなひと。
ひと気のないカフェで、セットのあついコーヒーをすする。「クロックムッシュはあちあちですから気をつけてください」と店主が言った。「お熱いのでお気をつけくださいね」とか、そんなふうだったかもしれない。しばらくして店内に親子が入ってきた。娘さんはわたしと歳が一緒くらいに見える。二人ともとても美人だったから、席について注文をするまで見惚れてしまい、あわてて持ってきた文庫本に視線を落とす。美人はそこにいるだけでひとをめろめろにする。ドキドキさせる。
店の外はまだ寒い。太陽はまだ本領を発揮していないようだった。路地からはなにか大きめの車が近づいてくる音がする。ゔぅん、ちっか、ちっか、ちっか、ゔぅん。運送会社のトラックは角を曲がってこちらのほうへやってきた。運転席を見ると顔見知りのお兄さんだったので手を振ってみる。
「朝からコーヒー?」
「うん、今日はやすみだから」
そういえば、彼の名前を知らない。べつに知らないままでもいいと思った。
帰路につく。自転車にまたがり、ひとり風を切る。つめたい風を足元で感じ、ひざ丈より長く、裾がくるぶしまで達しないようなズボンを履いてきたことをすこし後悔した。
あたまのネジが何個か抜けちゃったので、ホームセンターで調達したいです。