【短編小説】間違い探し
「パラレルワールドって知ってるか?」
日曜日の昼下がり。目の前の席に座るアキオは、サイゼリヤ名物の『間違い探し』を見つめながら言った。
「そりゃあ、あれだろ。こことは違う別の世界みたいな。SFとかでよくあるやつ」
「そうそう。今いる世界とは同じようで微妙に違うらしいんだ。この間違い探しみたいに」
アキオがやけににやけた顔でおれを見る。こいつ、またインターネットで変な情報でも仕入れてきたのだろう。おれは全くその類には関心がなかったが、いい加減に聞き流す素振りを見せてしまうとアキオはへそを曲げて黙り込むことを知っていた。だから仕方なく話に付き合うことにした。
「で、そのパラレルワールドがどうしたんだよ」
「それがな、あるんだよ。行く方法が……」
アキオはそう言って『パラレルワールドに行く方法』とやらをつらつらと語り始めた。いくつかの手順があるらしい。おれはその内容を毛頭信じることはできなかったが、冗談のかけらもなく話すもんだから、うんうんと聞いてやるしかなかった。
呆れというよりは心配の方が大きかった。いつものことと言えばそうなのだが、こいつはいつか怪しげな教団とか悪の洗剤売りとかに魂を持っていかれてしまうんじゃないかという気がした。
おれたちは食事を終えサイゼリヤを出ると、少し歩いたところにある公園に向かった。そこでは、子供たちが親に見守られながらきゃっきゃきゃっきゃと走り回っていた。そんな中、三十歳手前の男二人がパラレルワールドへ移動するために奇怪な儀式を執り行うのだ。否応なく恥ずかしさが湧き上がってくる。しかし隣にいるアキオのまなざしは真剣そのものである。
「本当にここでやるのか?」
おれの言葉にアキオは、
「怖いのか?」と言った。
ああ怖いさ。平和な公園に突如として現れた男二人の奇行に恐れをなした保護者たちに危険人物として警察に通報されるのが。しかしまあアキオとの友人関係にヒビを入れないことを第一に考えると、サッとやってサッと退散するのが最善である。物を盗んだり人を殴ったりするわけではない。
おれたちは鉄棒の前に立った。そしてアキオが言った方法を手順通り実行していった。少しでも間違うとダメらしい。
一、掌に自分のフルネームを書く(右でも左でも構わない)
二、鉄棒で前回りを三回
三、逆上がりを二回
四、布団干しと呼ばれる状態で「私は異物」と三回唱える
五、そのまま目を瞑り、耳は手で塞いで十三秒数える
どういう原理だ。ちょうど中学生が考えた都市伝説という感じ。こんなことで時空を越えられるなんて馬鹿なことがあってたまるか。腹は痛いし苦しいし無意味に血が頭に上るだけだ。心の中で数を数えながらそう思った。それにしてもなんという羞恥。視覚と聴覚は使えないが、周りの大人たちの痛い視線を肌で感じる。
永遠とも思えるような十三秒が経ち、おれたちは目を開け鉄棒から降りた。そこにはさっきと何も変わらない公園の風景が広がっていた。違うことと言えば、親たちが子を抱くようにしておれたちのことをジロジロと見ている点だ。そりゃそうだ。
「やっぱり大きく変わっているところはないか……」
隣のアキオが辺りを見回す。大きくも何も、変わっているところなど一つもないのだ。パラレルワールドになんて来ていないんだから。
「なあもういいだろ。帰ろうぜ」
「いや、絶対にどこか違うところがあるはずだ」
おれの言葉を聞かずに公園を飛び出したアキオは、キョロキョロと狂ったように首を振りながら躍起になって間違い探しを始めた。おれは渋々あとをついていった。
哀れなもんだ……そう思いながらふと通り過ぎたのは、さっき昼食をとった店だった。アキオはそのまま先を歩いていったが、おれは妙な違和感を覚え、店の前へと戻った。
十秒ほどかかって違和感の正体を突き止めた。それはなんと、間違っていたのはおれの方であったことを示すものだった。ここは紛れもなく、元いた世界とは微妙に違うパラレルワールドだったのだ。
「サイゼリ……ア……」
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