見出し画像

【読書感想】現実的に起こりそうなことーー平野啓一郎著『高瀬川』を読んで

平野啓一郎著 講談社文庫 2006年出版

 瀬戸内寂聴と平野啓一郎の対談を読んでいたら、この小説のエロスについて言及があったから、読んでみたいと思って読んだ。

 平野啓一郎は読んでみたいと思っていたが、長編の作品が多くて、なかなか手を付けられないでいた作家の一人だ。この短編集を読んで、まず抱いた印象は、私が今までに読んできた小説にはない、あんまり使わない難しい言葉を使う。「いつ」も漢字で「何時」という表記だし、ちょっと読み慣れてない漢字に出会って、これなんて読むんだろうな、と思うことしばしばだった。

 この短編を読んだ感想は、平野啓一郎の小説ってありえないことが、ふと起こるんだけど、それが現実の想像力を越しているのではなく、文学世界においては起こり得る、という理屈的なものでもなく、誰もが、そういうこと考えるよな、と思う次元で思い込みみたいなのが、起きる。それが、なんとなく理解できる。

 例えば、「氷塊」という短篇では、中学生の男の子が死んだ母親は実は生きていて、あの喫茶店で見かける女性が実は死んだといわれる母なんだ、と思いこんだり、女性の方は女性で、たまたま見かけた中学生が不倫相手の息子だと思いこんだり。その無理やり思い込むところとか、人間って誰でもそういうことあるよね、と思える。それがただ単に「思い込み」という人間の勘違いみたいなものではなく、登場人物がそう思ってるんだから、そうなんじゃん、と私は思えて、それがなぜか「現実的に起こりそうなこと」の範囲の中に納まっていて良い。そういうところが平野啓一郎の小説が好きな理由だと思う。

 『マチネの終わりに』という小説でも、似たようなこと感じた。映画化に伴い、いろんな人がコメントしてたけど、小説しかありえないことだよね、といわれていたが、私は、誰でもそういうことあるよねと思える、ちょっとした人の悪魔的な行為だったり、そういうところが、読んでて面白いと思う。それが、吉本ばななの小説みたいに、こんなことあるかいな、と思える超常現象とかではなくて、平野啓一郎の小説では、こういうことあるよな、と率直に思う。

 「高瀬川」も、エロティックな性的描写がてんこ盛りの小説だったが、ラブホテルでいろいろあった後に、ペットボトルに下着を押し入れるシーンとか、なんかいいな、と思った。恋愛小説でも、あんまり女性の作家が書かないような細かい描写を、流暢に描いているように思った。それがエロスにつながるのかは、私は知らないけど。

 平野啓一郎の小説にちょっとはまったが、同時に、平野啓一郎のことをなんなんだろこの人、と興味がわいている。小説に描かれている男性が平野啓一郎本人の面影があるというか、平野啓一郎本人が投影されているんじゃないだろうか、とちょっと思える。なぜだろう。Twitterとかで個人的な発言とか目にする機会があるからかな。

 とにかく、この短編集と『マチネの終わりに』は傑作だと思う。


この記事が参加している募集

#読書感想文

188,615件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?